ご免侍 五章 狸の恩返し(十七話/二十五話)
あらすじ
ご免侍の一馬は、琴音を助ける。大烏城に連れてゆく約束をした。岡っ引きのドブ板平助の女房は、蝮和尚が地下の倉に閉じ込める。
十七
伊土屋の倉は湿っているのかかび臭い。女房のお勝を、こんな場所に閉じ込めているだけで、胸が苦しくなる。岡っ引きのドブ板平助は、自分がこれほど妻を愛していると自覚した事がない。
(うまくごまかさないと、女房が殺される……)
一馬は殺せない。どんなに隙があったとしても、一馬に殺気をもったまま近づくのは無理だ。平助は若い頃に殺しもしている。短刀で腹をついて殺した。それがどれだけ難しいか自分でも理解していた。
(害の無い相手は殺せない……)
人は不思議なもので、ただそこに居る人間をいきなり殺す事はできない。殺す覚悟が必要になる。同時に殺される覚悟も必要になる。人が人を殺せないのは、殺される恐怖が大きいからだ。
「水野琴音を人質にして刀を奪えば、簡単だろう」
蝮《まむし》和尚が、口をゆがめて笑う。ロウソクの光がゆらめくと、坊主の顔が百鬼夜行のようにゆれる。
「わかったよ、なんとか誘い出して連れてくる……」
「あんた」
いきなりお勝が叫ぶ。驚いたように平助が妻を見ると、形相
がすさまじい。
「卑怯な事して、あたしは生きたくない」
烈火のように叫ぶと格子をバンバンと叩きだした。そうだった、お勝は信心深いところもある。地獄を信じていた。現世で悪い事をすれば地獄で焼かれて苦しめられる。
「あんた、岡っ引きだろ! 弱い人を助けてなさいよ」
「黙れ、黙らないと殺すぞ」
短刀がロウソクの灯りでギラリと光る。伊土屋に雇われた無頼者たちが、お勝をおどすがまったく怖がらない。
「こんな奴ら、早く捕まえな」
「うるさい女だな」
お勝の毒舌に、あきれたように笑う蝮《まむし》和尚は、格子に近づくと口に指をあてる。
「静かにしな、この部屋は仕置き部屋だ。男でも女でも責められる道具がある」
ロウソクで格子の奥を照らすと拷問用具が見えた。
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