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SS 動かない鬼 #爪毛の挑戦状

「悪い鬼が居るぞ」
父は逃げた。侍達が追いかける。小石を投げつけられる。当たれば痛いが黙って逃げる。それが掟だ。追儺ついな の儀式は大事だ。災いを避けるために必須な行事。自分の家は代々その役割を担う。

鬼の面をつけて赤い着物で逃げる。宮司が太鼓を叩き、巫女の踊りが終わると、『鬼やらい人』が逃げる。逃げる後ろから石つぶてを投げる。普通は当てないのだが、中には当てる侍も居る。散々に嬲られた父親は家に戻る。扶持米ふちまいも少ない家で周囲から疎まれているが大事なお役目だ。

金が足りないと内職する。農作業した作物で換金する。鉢植えや栗や梨、柿などで金を作るくらいで、他の侍とは交流しない。

「鬼の役目は大事だ、次はお前が継ぐ事になる」

父の厳命だ。お家のための犠牲だ。元は鬼に祟られた城主を救うために家来を生け贄にしたのが由来と聞いた。形骸化したが行事として残っている。

「今年は豊作でね、金になりませんよ」

作った作物が売れない。換金できなければ粗末な食事に耐える事になる。家の者はみなが痩せ細っていた。父が病に倒れると耐えられずに死んだ。自分が後を継ぐ。子供の頃から父の苦痛を間近で感じていた。損な役割な上に、大事にされない。理不尽な怒りが自分の中にある。

「今年の追儺ついな の儀式は、新しい嫡男が行う」

鬼の面をかぶり赤い着物をつけて立つ。儀式が進み鬼が逃げる番だ。俺は逃げない。動かない鬼だ。

「どうした、逃げないと石が当たるぞ」

侍たちが石をなげる。体にも当たる。逃げない鬼に向かって本気で投げる侍も居る。ごつごつと当たる。誰かが刀を抜いた。脅すつもりだが激高したのか、俺を刺し殺した。

俺は死んだ筈だが痛みすらない。体に刺さる刀を引き抜くと侍の首をもぎとる。俺は鬼だ。鬼が乗り移った。先代の呪いの鬼かもしれない。細かい事は気にならない。境内に居るすべての侍を殺した。俺は山に入る。

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今でも村人は恐れている。
「あの山には鬼がいるぞ、人の事を鬼扱いしたからな……」

終わり


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