ご免侍 五章 狸の恩返し(十一話/二十五話)
あらすじ
ご免侍の一馬は、琴音を助ける。大烏城に連れてゆく約束をする。岡っ引きのドブ板平助は、蝮和尚から、一馬を殺せと命じられる。平助は悩みながらも、女房の事を心配する。
十一
「なにかあったのかい」
「一馬が……帰って来ない」
露命月華、急にしおれるように肩を落とす。
「どこかで遊んでるんだろ」
「今までそんな事は無かった」
「今までって……ここ二月前くらいだろ」
「だから何」
子供じゃないんだから男の朝帰りは珍しく無いと思うが琴音をかくまってからは、一馬は用心して夜遊びをしていなかった。最近は人も増えたから安心して遊んだと考えた。めんどくさそうに岡っ引きのドブ板平助は、ぼそりとつぶやく。
「どこかの廓で、女でも抱いているんだろ」
「どこよ」
「そんな事を知るわけが……」
言いよどむと露命月華がおっかない顔をして平助の胸ぐらをつかむ。怖いと言うよりも死を覚悟するくらいに恐ろしい。
「ちょっ……待てよ……なんでそんなに心配する」
「死んだら困るからだよ」
当たり前と言わんばかりに、体をゆすられる。平助は太っているから月華の倍くらいは重い筈なのにぐいぐいと揺すられた。腕の力と体幹が桁違いに強い。
「あの、ほら、お仙の所かもしれない」
「お仙?」
「一馬の親父が通ってた居酒屋だ」
「ああ、あそこか」
平助は、いきなり胸をどんと突かれて狭い四畳半の畳に倒れ込む。
「いたたたた、何しやがる」
「でも、なんでお仙の所なの」
「なんでって、一馬はそこで……」
「……」
平助はまた黙る。お仙は一馬の父親が囲っていた女だ。一馬からお仙と寝た事を、本人の口から聞いたことがある。露命月華は、ずっと平助をにらみ続ける。
「判った、とにかく会いに行けばいい」
「そこに居るの」
「それは……わからない」
平助は腹が減っていた。同心の伊藤伝八のところで飯でも食おうと思っていたが、月華は、一馬を探すのを手伝えと言う。長屋を出てお仙の店まで道案内をする。
「お前は、場所を覚えてないのか」
「忘れた」
そこらの町娘にしか見えない月華を連れて江戸の街を歩く。頭の中は大工の殺しの事で頭が一杯になっている。
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