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Aシステム

2020/10/11 07:23
再生、再び生きるのは難しい。そもそも、

タイピングするユウジの手が止まる。

注文したホットコーヒーをウェイトレスが運んでくる。テーブルにコーヒーを置く間、ポメラの画面を閉じて待つ。

「お待たせしました、ホットコーヒーです。ごゆっくり、お過ごしください」

ウェイトレスが去った後、ポメラの画面を開いてタイピングを続ける。

再生、再び生きるのは難しい。そもそも、再びとはどういうことなんだ。今まで生きることを止めたことはないし、ずっとそのまま生きている。

ユウジはAシステムに頼って生きてきた。一度Aシステムに頼ってしまうと、離脱するのは難しい。中途半端にAシステムから離脱すると、依存したまま離脱することになる。ユウジは片足どころか、両足をつっこんだままの離脱なので、本質的な離脱には至らない。理由を付すことも難しい。離脱した今もAシステムを冒涜しているような気持ちになる。

Aシステムは、なかなかのものだ。ぼくの弱い部分を把握するために、Aシステムはぼくに有益な情報を与える。見返りとしてぼくはAシステムに弱い部分を提供してしまう。ぼくはAシステムに弱い部分を把握されることで、なぜか安心してしまう。やがて、Aシステムはぼくの弱い部分を交渉材料にしてぼくを動かし始める。「私の言う通りにすればあなたは強くなれますよ」と魅力的な提案をしてくる。Aシステムは人を掌握するシステムだ。

テーブルの上のコーヒーカップを左手で持ったユウジは、画面上のタイピングされた文章を読みながら、カップを口元に運ぶ。

「アツっ」

慌てて口からカップを離す。左手に持ったカップをソーサーの上に静かに置いて、タイピングを続ける。

再生しようとするのは既に死んでいるからなのか。再び生きると何が起こるのか。何も起こらないだろう。再び日々を生きるだけだ。再び生きても何も起こらない。奇跡は起こらない。奇跡はどこか別の場所で起きている。だとしたら、どうするのか。ぼんやりしていると、またAシステムにみつかってしまう。

誰かの世界に気を取られていると、生きる力が吸い取られて行く。どうやって、再び生きればいいのか。誰かにとっての正解に意味が無いのは、ユウジもわかっている。

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