声に逢っていた

「あの人浮気してたらしい...」


あの人=彼氏なんだけど、もう彼氏なんて呼びたくない。呼びたくはないけど、別れることもできないままでいた。


「これからどうしていこうかなぁ」と考える前に、少しでいいから元気になりたいと思った。例えば、お腹がすいたら何食べようかと思えるくらいに。

どうやって元気になればいいのかわからないから、最近くだらないことで笑わせてくれた人を思い出していた。

思い出したのはある男友達。笑った内容は忘れたけど、電話で話しながら大笑いしたんだ。笑わせてくれた内容よりも、腹の底から笑ってる彼の声が、さらに笑いを誘ったんだ。


「今から電話してみよう」


急に思い立って電話がつながったその日から、時間を見つけては彼とよく電話した。笑いのツボが似てるからなのか、それとも彼の笑い声が聞きたいからなのか、電話の半分は笑いに包まれていて、話題にも事欠かなかった。

話が盛り上がる日も、だらだら話してる日も、今日あったことの報告だけをする日も、話の内容と一緒に彼の声を聞いていた。「今日は声に張りがあるな」と感じる日は、仕事がうまくいってる日。「声のトーンが違うな」っていう日は、風邪か鼻炎に悩まされてる日。「声が私のほうを向いてるな」っていう日は、話を聞きながら彼が眠りにつきたい日だった。

そしてどんなに話題が出し尽くされても、私があの人の浮気話をすることはなかった。でも、「ほんとは毎日どうしていいかわからない」っていう、私の声にならない声を彼に聞いてもらっていたんだと思う。


彼は遠くに住んでいて、私には一応あの人が、彼にも彼女がいたから、「会いたいね」っていう電話の最後のあいさつは、「また電話したいね」っていう意味だった。


突然の電話から半年。私の生活の一部となっていたこの電話も、彼の海外勤務が決まったことを境に、減っていった。

「しばらく電話は難しそうだね」って話したあの日、私はやっと話題にすることができた。


「あの人浮気してたらしい...」









「今も好きなんだね」


私もそんな気がしていた。まだ好きだから苦しいんだ。でも、浮気されてもあの人が好きな自分が嫌で、その気持ちを認めたくなかった。自分では受け入れられなかったのに、私の迷子になった気持ちや声を、ずっと聞いてくれていた彼の答えなら受け入れることができた。

とても穏やかに返事をしてくれた彼は、その後、何も聞いていなかったように腹の底からの笑い声を響かせた。それは不釣り合いな笑い声だったのに、私は彼の優しい声が聞けた嬉し恥ずかしさを、一緒に笑うことでごまかした。


あの人は今も彼氏のまま。

私は、元気のない半年間さえもあの人が好きだった。

でもその半年間、「会いたいね」が「電話したいね」って変換されない日もあったけど、彼の笑い声が私の誤変換を修正してくれていた。



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noteで初めて書いた小説ですが、参加できたことに満足してます。あきらとさん、ありがとうございます。




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