日本を代表するクリスマスソング、山下達郎さんの『クリスマス・イブ』が愛される理由
日本で長きに渡り、多くの人に愛されているクリスマスソングとして、山下達郎さんの『クリスマス・イブ』が思い浮かぶ人は非常に多いと思います。リリースから40年以上が経過した楽曲ですが、10代・20代の人でも『クリスマス・イブ』を知っている人は多いのではないでしょうか。なぜ、山下達郎さんの『クリスマス・イブ』は長きに渡り、多くの人に愛されているのかについて今回は考えました。
◯『クリスマス・イブ』がヒットするまでの流れ
『クリスマス・イブ』は1983年、山下達郎さんのアルバム『MELODIES』に収録された一曲としてリリースされました。『クリスマス・イブ』は元々シングル曲ではなかったのです。すぐにシングルカットがされましたが、この時はまだ『クリスマス・イブ』を知る人は今ほど多くありませんでした。1995年にリリースされたベストアルバム『TREASURES』の中で達郎さんは「当時のシングルはこんな地味な曲ではダメでした」と振り返っており、ご本人もここまでヒットするとは思っていなかったようです(一方で作品自体の手応えは当時からあったようです)。
『クリスマス・イブ』が多くの人に知られるきっかけになったのが1988年に深津絵里さんが出演して話題になったJR東海のクリスマス・エキスプレスのCMに楽曲が使用されたことです。このCMはシリーズ化され、牧瀬里穂さんが出演した1989年には『クリスマス・イブ』のシングルCDが初めてオリコンシングル週間ランキングで1位を記録、1991年にはシングルの累計売上枚数が100万枚を突破、2023年まで38年連続でオリコンシングル週間ランキングトップ100入りという記録を達成しています。この事実こそ、『クリスマス・イブ』が長きに渡り、多くの人に愛され続けていることの何よりの証になると思います。
◯『クリスマス・イブ』の魅力
①誰もがクリスマスを連想できるメロディー
『クリスマス・イブ』の魅力の1つがクリスマスシーズンをすぐにイメージすることができるメロディーです。おそらく、初めて『クリスマス・イブ』を聴く人でも、曲が流れてすぐにクリスマスソングだと分かると思います。この後、『クリスマス・イブ』の歌詞の魅力について解説していきますが、歌詞の魅力も良い曲があってこそです。
②歌詞の魅力
メロディーが素晴らしいという前提があるのはもちろんですが、『クリスマス・イブ』が長きに渡り、多くの人に愛される大きな要因になっているのが歌詞だと思います。『クリスマス・イブ』の歌詞を一言で表現するなら、「弱者に寄り添う歌詞」だと思います。『クリスマス・イブ』の歌詞は「雨が降るクリスマス・イブに1人で過ごす者の心模様」について描かれています。
元々、日本のクリスマスソングはクリスマスシーズンを幸せに過ごすシチュエーションを歌詞にした曲が一般的でした。『クリスマス・イブ』がJR東海のCMに起用された際もCMの内容はクリスマスシーズンに久し振りに再会できた恋人同士の幸せな様子について描かれています。しかし、バブル経済が崩壊し、安易な幸せを描く歌詞・CM・ドラマ・映画に共感できない人が増えていき、弱者の実情を描いた作品に共感を覚える人が多数派になっていきました。リリースから40年、CMをきっかけに多くの人に知られるようになって35年が経過した今でも『クリスマス・イブ』が多くの人に愛される背景には日本社会の変化、クリスマス・イブを幸せに過ごしている人のほうが少数派であることの裏返しなのだと思います。
一方でクリスマス・イブを幸せに過ごしている人も当然、世の中にはいます。それでも、せっかくのクリスマス・イブに雨が降れば、多少なりとも気持ちが沈む人が多いのではないでしょうか。しかし、『クリスマス・イブ』のおかげで「日付が変わる頃には雨ではなく、雪が降るかも」とロマンチックな想いを持たせてくれています。地域によっては本当に雪が降れば、大変な思いをする人もいるはずですが、それでも「雨は夜更け過ぎに 雪へと変わるだろう」の歌詞が多くの人を温かい気持ちにしてくれているのは事実だと思います。
③弱者に寄り添いながら、ハッピーエンドの可能性も残した歌詞
『クリスマス・イブ』は「弱者に寄り添う歌詞」という解説をしましたが、一方で『クリスマス・イブ』の歌詞はハッピーエンドの可能性を残しているのも魅力の1つになっています。
「きっと君は来ない」
「心深く 秘めた想い 叶えられそうもない」
君が来ないことも想いが叶えられないことも確定したわけではなく、「そうなってしまいそう」という状況を表現していると捉えることもできます。実際、深津絵里さんが出演したJR東海のCMは、君が来ず、想いを叶えられそうもない状況から大切な人と無事に会えた状況が表現されたものになっています。そのため、『クリスマス・イブ』は弱者に寄り添うだけでなく、幸せなクリスマス・イブを過ごす人も共感できるものになっています。
誰もが共感できる表現がなされた歌詞だからこそ、『クリスマス・イブ』は長らく多くの人に愛される名曲で在り続けているのだと思います。
◯出典
・山下達郎『TREASURES』1995年11月13日(MOON RECORDS)