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POOLのちょっとだけウンチク  第18回『バレンタイン・デーSP』

WOWOW MUSICがお送りする、音楽好きのためのコミュニティ"//POOL"
その企画・構成を担当する吉田雄生が、いつものあの曲の響きがちょっと変わる(かもしれない)
とっておきのウンチクを書き綴ります。

今回はバレンタイン・デーが近いこともあって、ファッションと音楽のコンセプトショップ「BOY」のショップオーナー奥富直人さんを招いてのバレンタインSP企画。中田クルミさんとお互いに「キュンとさせたい曲」をセレクトしてもらった。その選曲はプレイリストで是非チェックしていただきたい。
ところで、「キュン」という言葉は少なくとも僕の青春時代にはなかった。いまや『ポケットからキュンです』という曲があるように、「キュン」という言葉は一般的な単語である。ちなみにweblio辞書で調べてみると、「胸がときめく動作やしぐさに対する褒め言葉」とある。わかるような、わからないような。ただ、僕にも「切なくなる曲」はある。

SADE『Smooth Operator』

80年代は浮かれた時代だった。バブルの時代と呼ばれ、何だか、誰もがウキウキしていた。僕は学生でお金もなかったが、それでもその雰囲気は覚えている。バレンタイン・デーは男女の大きなイベントをする日のひとつで、この日が近づくとみんなそわそわした。それは今考えると異常なほどで、いまの若者たちの方がよっぽど現実的で地に足がついているように思う。
その頃、「カフェ・バー」というのが流行っていた。男たちは肩幅の広い服を着て、テクノカットで、ボディコンスーツに身を包んだ女の子たちと、少しアルコール度の強い甘いカクテルを飲む。要するにカフェ・バーは女の子を口説く場所だった。貧乏学生の僕には無縁の世界だった。だが、バレンタイン・デーが近づいていたある日、先輩に誘われてはじめてカフェ・バーに行った。何とも場違いだった。華やいだ女の子たちとお義理のように会話を交わしたが、もちろん彼女たちが僕らに興味がないことは痛いほど伝わってきた。僕らは男3人で、ほとんど無口で、カクテルをちびちびと飲んだ。そのときかかっていたのが、SADEの『Smooth Operator』だった。


SADEはソロアーティストと勘違いされがちだが、れっきとしたイギリスのバンドである。ボーカリストのシャーディー・アデュの艶やかな声とジャズ、ソウルをベースとしたサウンドで1984年のデビューアルバムが大ヒットを記録した。シャーディー・アデュのヴィジュアルがエキゾチックで美しい。それも相まって、SADEはバブルの匂いがしたものだ。
けれど、ずいぶん後になってこんなエピソードを知った。『Diamond Life』を制作するときの彼女の生活は、とても貧しいものだったという。ロンドン郊外の暖房生活もない部屋に住み、いつも凍えていた。あまりの寒さにベッドの布団にもぐったまま洋服を着替えていたそうだ。全く勘違いしていた。きっと子供の頃から高度な音楽教育を受け、裕福な家に育ったんだろうな、と。

デビューアルバムの大ヒットで、そんな生活からはすぐに脱したに違いないが、少なくとも当時は優雅さやバブルとは程遠いものだったことだけは確かだ。
それでもいまでもSADEを聴くと、なんだか切ない気持ちになる。もっとも「キュン」とはならないが、、、。

(文・吉田雄生・WOWOW MUSIC//POOL企画・構成担当)

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