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いくさば(On the war) 1

                          立川生桃


松本修二元・一兵卒。強がりを申す。

拙者セッシャ。耳さらばえ声とて嗄声させいゆえ、他人ひとの声、おのが声、この耳には届きませぬが、おのが声にてはおのが骨とつながれた心の中枢にて響きまするよし。2021年夏。

浅まし他人ひとの声。耳にりてしか入らぬ。どうか拙者の声も、そなたの耳をあえて適用されず読んで下され。そなたの骨とつなぐ心の中枢で読んで聞いて下され。

いえ。さして難しいことではありませぬ。まずは掌で耳を塞いで下され。あとはこの文章をそなたは声にして読むだけでござる。そう。その音。それが拙者の聞く音でござる。



※        ※        ※



拙者は今床に平伏ひれふしておる。ベッドから落ちた。ひどい頭の打ち様だ。何が何やらはじけて火花が散った。それが拍子ひょうしマッチに火が付いたか、頭のどこか糸屑みたいな回線がつながった。されど時間がない。


miugokigatoremasenn身動きがとれません 
誰か情報をくださいdarekazilyouhouwokudasai



拙者の思いか? ロシヤがまた戦場いくさばかなえたのか。運命さだめか? 拙者の100の誕生月だ。TVが本日のこよみをまた仰々ぎょうぎょうしゅうに報じておる。さすらば、拙者の100年の生き様よ。今日が終戦の日となれ。まさか。いや。りんの火は数分も持つまい。

拙者、ステージ要介護生活32年目。パーキンソンと認知症を患っておる。ステージ要介護度Ⅳ。5年前ようやく来れたユニット型特養老人ホーム。よくも永らえたものよ。否。急げ。回線のほどけぬ内に。白状せよ。

覚えておる。あの日。きゃつらチューインガムをクチャクチャ噛みつつやって来おった。微笑と朗らかな足取りで。おおよそピクニックの気分で踏み入った…

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介護士「アイスバーグ」 ※ 以下「

栄養士「へぇー。すごいかも。それ、どこで売ってんの?」 ※ 以下「

介「シュガーローフ」

栄「それ絶対すごい。でも。それって、お肉? デザート?」

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栄養士と介護士の女の声だ。

情報! 栄養士の声に介護士が尋ねておるのでない。介護士の言葉に栄養士が返しておる。ありがたい。拙者の部屋の扉は牛乳パックがかまされて、その閉ざされぬ隙間から漏れて来たのだ。拙者は匍匐ほふく前進した。


介「違うって。そうじゃなくて、松本さんのノートに書いてあんの見たの。 アイスバーグもシュガーローフも」

栄「松本さんって99歳よね。認知入ってたよね」               

ケアマネ「介護4よ。レビー(小体型認知症)があるけど、見た目ほとんど自立」 
※ 以下「

栄「しゃべんの聞いたことないよね?」

ケ「時々何か話してくれるんだけど、声が小さすぎて何を言っているのか分かんないの」

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拙者。ある一基の亀甲墓かめこうばかから住民を追い遣った。梅雨に入ったばかり6月だった。…住民の姓すらまるで知ろうともしなかった。

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                          (つづく)



《予告編》

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正常なあの頃とてブラックジョークに侵されておったし、えらしびれた金魚の如く水上にはみ出た拙者の口は必死に息を求めていた。



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