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あなたと私の秘密の話

極上のリリックを刻んでしまった。


一月某平日、PM13:00
私は疲れていた。仕事でひどいめにあったのである。
自他共に認められるようなひどいめにあった私は、それらを「交通事故にでも遭った」ようなものだと解釈し心身を休め、翌日からスッキリ出社できるよう昼で会社を早退させてもらったのである。

ちゃっちゃと誰もいない自宅へ帰還すると私は風呂場に直行しシャワーを浴びた。なんでもお隣の席の上司が熱が出たということで会社を休んでいたのである。当日顔を合わせてはいないし、疑うわけではないが念のためだ。
それに、勢い良くバシャバシャとシャワーを浴びると余計なことを考えずに済んでとても良い。昼間のシャワーは陽光がきらきらと美しい。涙などシャワーの飛沫に溶けていくので誰にもバレやしない。
せっかく早退させてもらったからには、こういった思考を0に戻すための工夫をいろいろとこなして健やかに過ごすべきである。シャワーを浴び終え自室に戻ったらiPadでリズムゲーム。これも頭が空っぽになって最高に気分がいい。良い調子である。
一通り遊び終えると残念ながら軽い頭痛がした。ストレスに頭痛はつきものである。やむを得んので頭痛薬を飲もうと手に取ったところで、熱がある時に頭痛薬を飲むのは身体に良くないことを思い出し、一応熱も測っておくかと体温計を手に取った。
ピピピ。体温計を見ると37.8℃である。私の平熱は36.5℃あたりである。
おや、なんと。緊張性頭痛かと思いきや風邪かしらん。食欲はメチャクチャあるし味覚もバッチリである。無論咳もまったくない。風邪感はあまりないが、体温計の数字を見てからというものなんとなく確かにちょっとダルいかも〜、と思った。
家族に体温計の写真と「風邪かも〜」というラインを飛ばして布団に入って寝た。翌日も熱が下がっていなければ会社は休んでしまおう。色々あったのでむしろちょうどいいわと少しだけ思った。疲れていたからかすぐ寝落ちた。

翌朝体温を測ると37.5℃あたりを上下している。こりゃ憂鬱である。
このご時世、疑わしいまま出社したら迷惑であろう。会社は休むことにした。
しかし一晩寝たことで私はすこぶる元気になっていた。会社にいかなくても良くなったことでより一層元気である。自室に籠もって身体はなまっているものの普段の100倍もの食欲がある。家族が引くレベルである。

こんなに元気だし明日は出社だな〜と思いつつ夜に体温を測ると37.7℃。
家族は「そろそろ病院行きを検討すべき」という。37.5℃のボーダーを行き来している家族がいると自分らも安心して仕事にいけないという。
家族の言い分はよく分かる。私は、感染症患者がこんなにも元気いっぱいなはずもないし無闇に病院にいくことでホンモノの感染症を拾ってしまったら嫌なので病院に行くのを避けていたのだが、しょうがないので翌日は病院に行くことにした。

病院ではこれまでの経緯を述べ、体温を測り(平熱だった)血液検査をし、CTを撮り、念のためインフルの検査で涙を流した。あれはとてもつらい。
結果病院の先生から「コロナ特有のCTではないし、インフルも陰性、血液もとくに問題はないが、微熱が続いているので念のためPCRをしましょう。微熱の症状が出ているので保険適用だよ」と言われた。
CTで無事ならPCRは不要!と言いたいところであったが「あの時検査しとけばよかったな〜」などと後から思うのもイヤなのでPCRをすることにした。私は刮目してGoogle検索でレモンと梅干の画像を見まくった。PCRは唾液がそこそこ必要である。

日曜を挟むため結果は月曜の夕方となると言われた。
すこぶる元気なのに軟禁生活がまた延びてしまった。
平素「会社に行きたくない」「一生家にいたい」「布団から出たくない」とだだをこねる私であるが、さすがにそろそろ自室でやるべきことがなくなってきた。暇なので本ばっか読んで目ん玉が干物になりそうである。

病院から戻り手洗いなどを済ませると家族が配給(飲み物や食料など)を渡してくれた。受け取ると中に新しい体温計が入っていた。脇に挟まなくても体温が測れる拳銃みたいな便利な体温計である。
自室で拳銃を自分の額に突きつける。ピピッ。軽快な音をたてて36.4℃の平熱を打ち出す。
ここでふと、ずっと使っていた体温計を脇に挟む。37.2℃。
うん・・・・・?
いや、いやいやまさかな。

『私の微熱は下がった』のである。いろいろと、周囲の方々にはご心配とご迷惑をおかけしてしまった。だけど『やっと平熱に戻った』のだ。まったく、元気がいちばんである。うん、めでたい。
このことは、私とこれを読んだあなたとの永遠の秘密にしよう。ね?
私は、ずっと使っていた体温計をどっかになくしてしまったことにしようと決意し、ベッドと壁の隙間へと追いやった。しばらく忘れることにしよう。

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