見出し画像

私の人生を変えたカンボジア人の話


かつて私も大学生だったことがある。

でも、いわゆる合コンとか、同級生とのプライベートな飲み会というものに参加した記憶がない。成人式は、気づかないうちに終わっていた。


当時、父の会社は前代未聞の経営難に直面していた。母は深刻な表情で

「あなたまではなんとかなるかもしれない、でも下のきょうだいは大学には行かせてあげられないと思う」

と私に告げた。 


「じゃあ今後自分の分は自分でなんとかする。出来る限りきょうだいの分もサポートする」

と私は返した。


僅かな仕送りをもらうのも止めた。でも、大好きだった大学での勉強を疎かにするつもりもなかったし、金を理由に中退する気なんて一切なかった。叶うなら大学院にも行きたかったし、留学もしてみたかった。下のきょうだいの可能性を摘むなんてもってのほかだった。

だから、私という人間の持てる総てを振り絞り、可能な限り効率的に稼ぐ必要があった。ざっと見積もって3千万あれば足りると考えた。今思うと無謀以外のなにものでもない。


19歳だった。 私の“あまり普通でない大学生活”が始まった。


当時の私は、大学の誰にも真摯に耳を傾けることができなかった。彼氏の話、クラブの話、バイトの話、酒やタバコや徹夜の話、よくわからないアーティストやブランドの話、学者や批評家の話。みんな揃いも揃って裕福で、親からもらった金を消費して、一銭にもならない性行為をして、あてもない自分探しに奔走していた。

私はお喋りの輪を抜け、誰より先に単位を満たした。面白そうな授業を慎重に選んで受け、空き時間は大学の作業室や図書館にこもって勉強した。そして時間が来るとカチリと頭を切り替えて金を稼いだ。

もちろん"友達"はいた。勉強熱心な子、将来に真剣な子、人脈が桁外れの子もいた。NPO法人を立ち上げた子、起業した子、すでに企業に潜り込んでバリバリ稼いでいた子。面白いと思う人とは繋がろうと努力した。私もイベントを企画したり、コンペに応募したり、発表の機会を設けたり、そういう"学生活動"も一通りこなした。


でもやはり私は、救いようもないほど周囲から浮いていた。

「あの人、なんか、怖いよね」
「わかる!なんかさめちゃシリアスだよね〜」

と囁かれるのを、何度か耳にした。人づてにも聞いた。

私は、文字通り金に取り憑かれていた。とにかく月に100万以上欲しかったのだ。いや200万、300万欲しかった。私を慰めてくれるのは指先で触れる壱万円札のザラリとした紙の感触、そしてその厚みだけだった。


そんななか、唯一自分に許した贅沢がひとり旅だった。

馬車馬のように働いて、働いて、発熱して、働いて、働いて、発熱して、
何ヶ月かに一度、バックパックとカメラを持ってふらりと旅に出た。
着古したジーンズにTシャツ、履き慣れたスニーカー、眉毛も描かずに日焼け止めだけ塗って髪をまとめ、ひとり、ひたすら知らない街を歩いた。

フライトと1泊目のホテルだけとって、あとはノープラン。
安く済む東南アジアの国が多かった。誰も知らない、言葉も通じない場所にひとりきりで立っていると、あまりの心細さになぜか生きる力が湧いた。

(今思い返すとなんとも恥ずかしいのだが、当時の私はそういうのが自分の"個性"か何かであると思っていたらしい。まあ19そこらの女の子だから大目に見てあげて欲しい)


とにかく、ある春の日、私はベトナムのホーチミンにいた。

2日ほど散策して大体街を把握した私は、現地のツアー会社を利用してカンボジアのシェムリアップへ飛んだ。アンコールワットを見ようと思ったのだ。

アンコールワットが、広大な土地に点在するアンコール遺跡群の一つにすぎないということを知ったのはこの旅行のときだ。1人で回るつもりだったが、「安くてもいいからツアーに参加した方が楽だし女ひとりよりずーーーーっと安全よ」とベトナム人に念を押され、結局簡素な2日間の英語のツアーに参加することにした。

しかしツアー当日、集合場所に現れたのは現地ガイド1人だけだった。

細身のひょろりとした青年だった。確か後で23歳と聞いた気がする。キムと名乗る彼は、やや黄ばんだ木綿のシャツにグレーのパンツ、土埃で汚れたスニーカーを履いていた。

「もしかして日本人ですか?」

英語ガイドのはずだった彼は流暢な日本語で尋ねた。私がそうだ、と返すと、彼はよく焼けた顔をクシャクシャにしてまぶしそうに微笑んだ。

「ラッキーガール。USのカップルはキャンセルになりました。私は別の曜日には日本語ガイドをしています、私は日本語が好きです。今日は日本語で話します」

確かにラッキーかもしれないが、せっかく一人でカンボジアまで来て日本語を喋るマンツーマンの男のガイドなんて面倒この上なかった。私は適当に返事をし、彼の運転するミニバンに乗り込んだ。

ここから先は

5,372字
この記事のみ ¥ 800

いつもありがとうございます。あなたの貴重な時間やお金を、このような形で私に使ってくれること、すごいご縁だと感謝しています。私の力の源です。