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ウナス王のピラミッド3Dスキャンプロジェクト〜ワールドスキャンプロジェクトの挑戦

古代エジプトの最初の首都メンフィスには、「サッカラ」という巨大なネクロポリス(埋葬地)があり、王族や貴族、一般の人々の墓などが数多く存在していました。特に、建造技術の進歩が表れたジェセル王の階段ピラミッドや、人類最古の葬送文書が残されたウナス王のピラミッドは、考古学的価値がきわめて高い遺跡と言えるでしょう。

そして今回ワールドスキャンプロジェクト(W.S.P)は、ウナス王のピラミッドの3Dスキャンを行うため、名古屋大学のエジプト考古学者でナショナルジオグラフィック協会のエマージング・エクスプローラーでもある河江肖剰博士との共同調査を実施しました。

サッカラに残る王たちのピラミッド

ウナス王は紀元前24世紀頃に在位した、古王国時代第5王朝の最後の王です。彼の統治期間は約30年間とされ、隣接する国々と外交を行っていた記録などが残っていますが、活動に関する詳しい史料はほとんど発見されていません。ウナス王の人物像については謎に包まれたままですが、彼が建造した最も大きな遺跡としては、サッカラ北部に建造されたピラミッドが代表的なものでしょう。

ウナス王のピラミッド
Pyramid of Unas in Saqqara, Egypt
Photo by Olaf Tausch via Wikimedia Commons (CC BY 3.0 DEED)

ウナス王のピラミッドは、ウセルカフ王のピラミッドとネチェリケト王の階段ピラミッドの南西に築かれました。ネチェリケト王の階段ピラミッドを中心に、ウセルカフ王のピラミッドとウナス王のピラミッドは対称の位置にあり、ギザの三大ピラミッドに倣うような配置となっています。建造の過程で、わざわざ古い王墓の整地や埋め立てを行ったことも分かっており、ギザの三大ピラミッドのような配置になるよう、意図的に建造場所を選んだと推定されています。

左からウナス王のピラミッド、ネチェリケト王の階段ピラミッド、ウセルカフ王のピラミッド
Necropolis of Saqqara, Egypt
Photo by Hajor via Wikimedia Commons (CC BY-SA 3.0 DEED)

ウナス王のピラミッドの複合施設

ピラミッドの周辺には、一般的に葬祭殿や王宮、周壁などで構成されたピラミッド複合体が造られますが、ウナス王のピラミッドにも同様に河岸神殿や参道が付属しています。葬祭神殿に繋がる参道の長さは約750mにもなり、最も大きなピラミッドであるクフ王の参道(約825m)に匹敵する長さを持ちます。

葬祭神殿の石柱には、ウナス王のカルトゥーシュが残されました。名前の下には、ヒエログリフで生命力を表す「アンク」や安定の象徴である「ジェド」などが記され、「アンク(生命)の全てを与えられし者」「安定と支配の全てを与えられし者」とウナス王を表現しています。

葬祭神殿の跡
Eund of the Causeway and entrance to the temple of the Pyramid of Unas
Photo by Jon Bodsworth via Wikimedia Commons
約750mにも及ぶ長い参道

しかし、葬祭神殿自体は、中王国時代のアメンエムハト1世により解体され、彼のピラミッド建造に石材として再利用されたため、当時の面影はほとんどありません。また、ウナス王のピラミッドも風化が進んでいたようですが、第19王朝のラメセス2世の時代に、歴史上初の考古学者と呼ばれるカエムワセトが修復を行ったという記録が残っています。

化粧石の上部にはカエムワセトによる修復の記録が残されている

ピラミッド・テキスト

ウナス王のピラミッドの入り口は、「亡くなった王は北天の沈まない星と一体化する」という思想から北側に造られており、そこから伸びる通路は前室に繋がっています。ピラミッド内部には縦書きのヒエログリフで記された「ピラミッド・テキスト」が残っていますが、これこそが人類最古の葬送文書であり、ウナス王のピラミッドにおける最も重要な発見だと言えるでしょう。

ピラミッド・テキストは、王を埋葬する儀式の際に神官によって詠唱された約800の呪文であると考えられており、王が天に昇ることについて述べたものや、死後の世界で王を守るための文章が記されました。ピラミッド・テキストを残したのは、ウナス王の葬祭儀礼が無くなった後でもこの呪文が刻まれていることにより儀式が繰り返され、ウナス王が呪文の効果を得られるという、古代エジプト人の独特な死生観が関わっていると推察されています。

ウナス王のピラミッド・テキストが後世の葬送文書の基盤となった

ウナス王のピラミッドに残された葬送文書の中には、「食人讃歌」と呼ばれるユニークな部分があり、そこには「大いなる神を朝に食らい、中なる神を昼に食らい、 小なる神を夜に食らう」と書かれています。これらはファラオが神を食べることで神の力を得ることを表現したもので、ファラオと神が同等の存在として扱われていたことが分かります。

ウナス王の玄室

玄室は、天井に広がる星々とウナス王の石棺が相まって荘厳な景色となっています。前室のピラミッド・テキストでは王が天に昇る様子が見られましたが、玄室では冥界の神オシリスと王が同一視された内容も見られます。これは、オシリスが死後に復活を果たしたことから、亡くなった王もオシリスと同化し復活するのだという願いを表しているのでしょう。

天井には夜空にきらめく星々が描かれている
ウナス王が眠った玄武岩の石棺

さらに、「口開けの儀式」に関する呪文も記されています。「口開けの儀式」はミイラを蘇らせるための儀式であり、ミイラが入った棺を清めて呪文を唱えた後で、手斧などでミイラの目や口に触れるというものでした。この儀式を行うことでミイラは失った感覚を取り戻し、死後の世界で会話や食事することが出来ると考えられていたため、古代エジプトにおいては重要視されていたのです。

また、近年ウナス王の玄室からクフ王のレリーフが発見されました。船に乗り、銛のようなもので狩りをする人物の付近に、「メジェドゥ」というクフ王の別名が見つかったのです。これにより、描かれた人物はクフ王であり、玄室の一部の石材にクフ王のものが再利用されたと分かりました。

中心部にうっすらと片手をあげるクフ王の姿が見える

世界を、未来を、好奇心を、身近に

ウナス王のピラミッドは、その規模こそ他のピラミッドと比較すると控えめですが、人類最古の葬祭文書が残る非常に貴重な遺産です。後世に大きな影響を与えたピラミッド・テキストは、古代エジプトの死生観や信仰形態を探求する上で欠かせない存在だと言えるでしょう。

しかし、風化や石材の再利用を目的とした人為的破壊により、建造当時の姿はほとんど残っておらず、ウナス王について知るための資料も失われつつあります。そのため、ワールドスキャンプロジェクトは3Dスキャン調査を行い、ウナス王のピラミッド内の暗く狭い通路や、微細なレリーフの陰影までを高精度で再現しようと取り組んでいます。

このデータは、古代エジプトの遺跡をより深く研究するための重要な資料となり、さらには、世界中の人々が古代エジプトの神秘と魅力を身近に感じるために大いに役立つことでしょう。ご興味があればワールドスキャンプロジェクトの活動をフォローいただき、ぜひ応援をお願いいたします。

ウナス王のピラミッドについてはこちらの動画もご覧ください。

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