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❀【月  光】❀



赤き満月の夏の夜の海は、マーメイド(人魚姫)たちの
古今独歩の祭事の場にあらんずらん。

 

 
麗しきこと、海風は音楽の精髄を滔滔と奏で
夜空の星々は、いっそう強く神秘の輝きを増せり。
比翼の鳳凰が月光の渚に舞い降り
金色の迦陵頻伽が、あまたのマーメイドを月の雫の聖なる海へと導きぬ。
畔りと云う畔りでは、数限りなき月見草の娘子軍。
脂粉の香も匂やかに、姸(けん)を競い合うがごとし。


 



 
茫漠の宇宙へ掻き鳴らしぬ大竪琴の聖音に、さざ波の妙なる調べ。
今宵こそは、月の女神のアルテミスと、海風の精霊たち相まみえし。
然るべく手厚き音譜(ことば)の数々…。
無量無辺の思いを、マーメイドに告げ知らせぬ。
婉婉と幾重にも靡(なび)きける、美姫らの長きブロンドよ。
 
 

珊瑚礁の十二の臺(うてな)の高殿で
夢かうつつか月影に、しっとりと濡れて光るは玉の諸肌(もろはだ)。
紅き頬と、薔薇の唇をもて、明眸皓歯の姫君らが
なみなみと月の美禄(ネペンテ)を酌み交わせば
矢継ぎ早に降りてきぬ降りてきぬ、彗星と流星のバレリーナたち。
 
 

重装備たるオーロラの大軍を従え
夜空を焦がしつつ、隅々までも縦横無尽に駆け巡る。
彼方の銀河から此方の銀河まで、あらん限りのバレリーナは
赤き満月の、夏の夜の伝説を高らかに讃えん。
 
 

海神(わたつみ)を祀りぬ深海から
無数の泡沫(うたかた)が、浮かび現れし。 
泡沫はやがて、種種相の大噴水となるや
夥(おびただ)しき胡蝶と花びらを醸し出しける。



錦絵(にしきえ)の幽玄の世界に囲まれ
月下美人の芳醇たらん船渡御群に
アフロディーテと、ネイアデスらのあで姿。
 

 
すでに豊饒の大地では、レアと、ヘスティアと、デメーテルらが
透徹の後光の差しぬ成層圏では、ヘラと、アテナらが
颯爽たる舞い装束にて、待ち構えて抜かりなき。
 

 
矜持(きょうじ)ある美神軍団の援軍のもと、これより祭事が催されんとす。
大挙して、万華の祭壇をしつらえ
いにしえの祝祭歌を歌い踊り、汐(うしお)の満ちたる月海で
あまねく生命をも、孕(はら)み賜いしか。
 

 
絶え間なく降りそそぎし、月光のシンフォニー。
赤き月光の、艶(つや)やかなるページェント。
古式ゆかしき絵巻物さながら
山鉾(やまぼこ)の大行列が、ついぞ、月の世界より降臨したり。
 

 
地上界との連帯ありて、月空を、かくも優雅に練り歩く。
幾百・幾千の山鉾ごとに鎮座いたさんは
伊邪那美命(いざなみのみこと)を筆頭に、吉祥天女に弁財天女。
続けて佐保姫に龍田姫。筒姫に白姫。更なる絵巻に宗像・厳島等の三女神。
月に縁(ゆかり)のかぐや姫。さしもの小野小町に卑弥呼女王ら。
 

 
凛呼として、ひとしお意表を突きしが、天照大神(あまてらすおおみかみ)。
遥かなる時空の高みより舞い降りし
天女達の披露なさるは五節舞(ごせちのまい)。
雅楽の調べと共々に、天地(あめつち)を極彩色にいろどらん。
月桂の宝冠を、おのおの戴(いただ)き
八百万(やおよろず)の女神が相次ぎて、今宵の祭事の為にぞ集いける。
 

 
まばゆきばかりの月海の遠近(おちこち)から、嗚呼
魂魄を戦慄(おのの)かせし、至高の甘美たがわぬ誘惑よ。
夜もすがら、交尾(つる)む相手に妙齢の梓(あずさ)巫女。
加えて、花も恥じろう女司祭。
 

 
マーメイドたちは此処に於いてなお、主役でありぬ。
祭事とはまさに、姫君らがための
“聖女式”であらん事に他ならぬや。
 

 
太古より脈々と、げに受け継がれしは
酒池肉林たる享楽至極の大饗宴(うたげ)。 神秘の極みでありしとも
羞恥をはばからぬあまり、迂闊にも近づく者の記憶に
畏怖と垂涎(すいぜん)の念を掻き立て、あまつさえ腑抜けにさせる
侵し難き…、侵し難きかな、禁断と酩酊の儀式。
 

 
海は一面の”赤き世界”——。
それは、妖美な月光に包まれており。

 


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♬BGM1曲目『タイスの瞑想曲』/マスネ作曲
♬BGM2曲目『月の光』/ドビュッシー作曲


 




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