見出し画像

【追憶の旅エッセイ #72】世界を巡るハハとの時間・赤毛のアンの世界(PEI)前編

ちょうど先日、たまたまハハとこのときの話になった。

「あのお花のパラソルの下でランチしたよね」「そうそう、無理言って開けてもらったんだったね」

それはカナダ東部、セントローレンス湾に浮かぶ「プリンス・エドワード島」へ行ったときのこと。

名前を聞いてピンと来た人もいるかもしれない、そうプリンス・エドワード島は「赤毛のアン」の作者ルーシー・M・モンゴメリが生まれ育った島だ。モンゴメリはこの美しい島の自然や人々を、何度も物語の中で表現している。

その島の州都である「シャーロットタウン」へ、まずは到着する。飛行機の中から、島の象徴ともされる赤土と緑の大地が見えたときは静かにワクワクした。けれど、私よりずっと「赤毛のアン」のファンであるハハは隣で、もっと心をときめかせていたに違いない。

画像1
赤土の大地が見える



シャーロットタウンの町で私たちは一泊した。

アンのミュージカルを見たり、名物であるロブスターに舌鼓を打ったりひと通り観光もしたけれど、私にとっても彼女にとっても記憶に残っているのが、冒頭の「お花のパラソル」なのだった。

思い出というのは、決していつもメインイベントであるとは限らない。こんな風にさり気ないカフェのひとときが、記憶に残り続けるということがある。

その店は某ガイドブックに掲載されていたカフェで、ピンクの大きな花柄のパラソルがまるで花が咲くように開かれたパテオの写真を見て、いつもプランはすべてお任せのハハが珍しく「ここに行ってみたい」と言ったのだった。

「ヴィクトリア・ロウ」という、この町随一のショッピングストリートにあるらしいことはわかっていたので歩いていると、その店はすぐに見つかった。

今みたいにグーグルマップもない時代だったけれど、シャーロットタウンはその必要もないくらい、こじんまりした見通しのいい町だった。

私たちはもちろんパテオを希望した。ただ残念なことに、その日は強風が理由で、お目当ての花のパラソルはひとつも開かれていない。

そんな理由なら難しいかも、と思ったけれどハハの楽しみをなるべく叶えてあげたかった私は、だめ元でパラソルを開いてくれないかと聞いてみた。

するとスタッフは笑って、「そういうことなら」と私たちの席だけその花のパラソルを開いてくれたのだった。

パラソルを開けてくれたから言うわけではなく、この島では接したどの人も本当に穏やかで人間味があり開けていて、優しかった。

パテオには私たちしか座っておらず、私たちはその風の強い中でパラソルの転倒に少し怯えつつも、美味しくランチを楽しむことができたのだ。

大きな大きな花の下、嬉しそうに微笑むハハを覚えている。その笑顔は私の心も満たしたし、だからこそ今でもお互いに覚えている思い出のワンシーンになったのだろうと思う。

旅行というのはそんな些細なできごとの連続で、たまにハイライトがあったりする。そしてそれはさりげないほど、後になってより一層胸に迫ってくることもある。

だからこそ、どの一瞬も心を込めたいんだなぁと、思わずにはいられないのだった。

この記事があなたの旅欲を掻き立て、また旅の気分を味わってくださったなら幸いです。ガイドブックにはない、ちょっとディープな旅を書いています。サポートいただけたら、また旅に出て必ずこのnoteにてreturnします♡