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報連相は「ざっそう」へ?働き方の専門家に聞く、企業がイノベーションを起こすために欠かせないもの

テレワークの導入によって、私たちのワークスタイルは大きく変わりました。
オフィスは “当たり前のように行く場所” ではなくなり、その役割も見直されつつあります。

「新たなイノベーションを起こそうとするなら、やっぱり会って仕事をしないと無理だと思うんです」

そう語るのは、オフィス環境や働き方について長く研究してきた、株式会社オカムラ ワークデザイン研究所の池田 晃一さん。

テレワークがもたらすコミュニケーションの課題や、未来のオフィスのあり方について、一緒に考えてみましょう。

池田 晃一(いけだ こういち)
株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 チーフリサーチャー
テレワークなど柔軟な働き方の研究に携わる傍ら、自身もリカレントとしての国内留学、休職中に大学教員を経験。専門は場所論、居心地、チームワーク分析。
著書:『はたらく場所が人をつなぐ』(日経BP社、単著)、『オフィス進化論』(同、共著)、『オフィスと人の良い関係』(同、共著)

テレワークによる「サービスの質の低下」に、企業は気付けているか?

── コロナ禍で、多くの企業がテレワークを導入しました。池田さんは長年働き方の研究をされていますが、いまの社会のあり方をどう見ていますか?

2019年までは、政府が「働き方改革」を掲げて企業にさまざまな呼びかけをしてきたものの、なかなか進展がありませんでした。それが、コロナ禍でこれだけ多くの企業がテレワークを導入したことを考えると、この1年で5年分くらい働き方が進歩したのでは、と感じます。

出社を制限された状態とはいえ、テレワークの導入によって私たちはたくさんのメリットを享受しました。たとえば、オンライン会議が増えたことで合間の移動時間が省けて、非常に効率的になりましたよね。あと、ペーパーレス化もかなり進みました。在宅勤務だと、会議前に書類を印刷して配る必要もありませんから。

コロナ禍を経験してよかったとはもちろん言えませんが、従来の働き方を見直すという意味では、追い風になったのではないかと思います。

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── テレワークにはさまざまなメリットがありますが、一方で課題も浮き彫りになってきましたよね。

そうですね。「テレワークでコミュニケーションが減っている」とよく言われますが、必ずしもそうではないと考えています。私たちが実施した調査によると、実はコミュニケーションの量はコロナ禍以前からそれほど変化していません。

先ほどお話したように、オンライン会議というのは前後の移動時間がなく、メンバーがどこにいても行えるため、非常に効率がいい。間の休憩もなしに、ぎゅうぎゅう詰めに会議を入れている人も多く、コロナ禍以前と比べてコミュニケーション量が増えている人もいることが分かりました。

むしろ問題視すべきなのは、コミュニケーションの質の低下です。これによって、さまざまな弊害が起こっていると考えられます。

特に悪い影響として見受けられるのは、サービスの品質が低下しているのではないか、ということです。テレワークでもそれなりに業務を「回す」ことはできますが、はたしてそこから生み出されるサービスの品質が担保されているのかどうか、しっかり議論できている企業は極めて少ないのではないでしょうか。

人は、誰かとコミュニケーションをとる際、無意識にジェスチャーを交えて会話をします。ジェスチャーは、説明をする側が思考を練り上げるために行う動作として知られていますが、それと同時に、聞き手が情報を整理する上でも非常に重要だということがわかってきています。

もちろんオンラインのコミュニケーションでも身振り手振りはできますが、全身を画面に映せるわけではありませんから、目から取り込む情報が圧倒的に不足しています。お互いに思考を十分に練り上げることができなければ、仕事の品質が下がるのは明白ですよね。

それに、オンラインだとお互いに本音をぶつけ合うのが難しい。会わずして喧嘩をして、会わずして仲直りするなんて、なかなかハードルが高いでしょう?本気で自社のサービスに向き合って、なにか新たなイノベーションを起こそうとするなら、やっぱり会って仕事をする機会を設けないと無理だと思うんです。

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テレワークでは、「私たちはこんな集団だ」という意識が芽生えない

── テレワークの弊害は、私たちが認識している以上に根が深そうですね。ほかにどんな課題が挙げられますか?

企業文化の浸透についても、課題が多いですね。この傾向は、社歴の長い人ではなく、入社して間もない人の方が顕著に現れます。

いくら企業のカルチャーにマッチした人材を採用したと感じていても、個人の考えが企業文化と完全に一致しているなんてことはありません。もしそんな人がいたら、怖いくらいです(笑)。なぜなら、人の価値観というのは非常に多様ですからね。企業文化を浸透させるというのは、企業の価値観と人の価値観をすり合わせていく作業なんです。

「研修はリモートで十分じゃないか」と思う方がいるかもしれません。けれど、企業文化は対面でないとうまく伝わらない部分が多い。たとえば、周りで働く同僚たちの振る舞いや発言だったり、どういう判断基準で物事が進められているのかを知るためには、やはりリアルな場で五感を使って吸収する必要があると思うんです。

さらに言えば、企業文化は一度伝えたからといってすぐ馴染むようなものではありません。丁寧に噛み砕き、反復して伝え続けることが大切です。そして、新入社員がなにか違和感を覚える場面があれば、都度すり合わせていくことも重要になってきます。つまり、効率的なコミュニケーションよりも丁寧なコミュニケーションが必要なんですね。

テレワークばかりで会わないまま仕事を進めてしまうと、「私たちはこんな集団だ」という意識が新入社員の中に芽生えづらい。自分が所属する会社の価値観って何なんだろう、どういう判断をするのが正解なんだろう、と困ってしまうわけです。

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会いたい人がいるから出社する。これからのオフィスに必要なのは、「雑談」と「創造」

── となると、やはり顔を合わせて働く機会は必要だと。その受け皿となるのがオフィスなわけですが、求められる機能が少しずつ変わってきたように感じますね。

まさに、コロナ禍を経験することで、多くの企業がオフィスのあり方や役割を見つめ直し、コミュニケーションをとるための空間として機能を強化しようと考えるようになってきました。さらに言えば、オフィスでのコミュニケーションの中身についても、徐々に変化が起こってくると私は考えています。

以前のオフィスで行われていたのは「報・連・相(ほうれんそう)」でした。作業に問題が発生しないように、報告、連絡、相談を密にしなさい、ということです。ただ、これからのオフィスに必要になってくるのは、「雑・創(ざっそう)」だと考えています。

まず一つは、雑談。「最近なにか美味しいもの食べた?」とか、「その服いいね!」とか、偶然発生する何気ない会話です。私たちの調査では、テレワークを行うと業務に関する情報は共有できるのですが、業務以外の情報共有が極端に減ることがわかっています。雑談をすることで仕事のモチベーションが上がることもありますし、業務的な会議では見えづらいメンタルの不調が見つかったりするので、せっかく会うなら積極的にラフなコミュニケーションをしたいところです。雑談は仕事をうまく回すための潤滑油の役割を果たすので、特にチームで働く際には有効だと思います。

テレワークだといつも同じ人とばかり会議している、なんてことはありませんか?テレワークをすると決まったメンバーとは仕事をするのですが、新たなメンバーとの出会いが減ることがわかっています。部門や分野をこえた交流が極端に減るんですね。そうした状況では、オフィスというリアルな空間に集まって偶発的なコミュニケーションを起こさないと、人と人の新しい繋がりが生まれなくなってしまう。イノベーションとかバウンダリーレスといったところを目指しているとすれば、これは組織としても回避すべき事態です。

そして、もう一つは、創造。テレワーク環境においては一緒にものづくりをしながらコミュニケーションをとるという機会が減少します。「これはあなたの仕事」「ここまでは私の仕事」と分担することはできるのですが、同時に一つのものをつくることが難しいのです。

対面では、コミュニケーションをしながらアイデアを書き出したり、一緒に手を動かして、アイデアが加工され、研がれていく経験を共有したりします。たとえば、ホワイトボードに一緒にアイデアを書き出していくという行為も、創造においては非常に大事ですね。

雑談と創造。この2つのコミュニケーションが、これからのオフィスづくりを考える上で欠かせないキーワードになってくると思います。

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── 具体的には、オフィスの中身はどのように変わっていきますか?

たとえば、雑談と創造を増やすためにカフェスペースやラウンジをつくったり、ペーパーレスが進んだ分、書庫をなくして、代わりにオンライン会議用のブースをつくったり。オフィスのしつらえは、よりコミュニケーションを重視したものに変わっていくと思います。

人が出社したいと思う要因は、やっぱり人なんです。会いたい人がいるから、相談したい人がいるから行く。その受け皿となるのがオフィスです。そう考えると、極端に言えば一人でこもって作業するスペースはオフィスになくてもいい。つまり、重要性が低くなると言えます。

── 今後、企業はどのようにして働き方や働く場所を選択していくべきなのでしょうか。

私自身はコロナ禍以前からテレワークを推進してきた立場ですが、まったく出社しないフルリモートが理想というわけではなく、オフィスで集まる重要性も強く訴えています。今後、コロナ禍が去ったときに、出社・テレワークのバランスをどうとるかは、企業ごとに違って当然だと思っています。

テレワークの導入をきっかけに新しい働き方をどんどん取り入れていこうと考える企業もあれば、これまで通り基本は出社して働こうと考える企業もあります。業種や職種、扱っているサービスや商品によって状況が違うことを考えれば、どちらが正しいということではなく、それぞれにあった判断が尊重されるべきです。

コロナ禍以前と同じような働き方を採用するのであれば、オフィスは従来通りでも問題ないでしょう。一方、リモートと出社を組み合わせながら働くという新しい働き方を導入するのであれば、オフィスの機能を見直していく必要が出てくるかもしれません。

「一時的な状況をしのぐために」ではなく、それぞれがコロナ禍の経験を踏まえて「こうありたい」という意思を強く持ち、これからの働き方やオフィスのあり方を模索する。その姿勢こそが、いま企業にとって一番求められているのではないかと思います。

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(執筆:澤木 香織/写真:森田 剛史)