コロナで進むのは地方移転?それとも東京一極集中?企業に立ちはだかる壁と、今後の見通し
「ヒト・モノ・カネ」が集まる政治経済の中心、東京。日本の総人口が減少の一途をたどるなか、東京への一極集中はますます加速し、長きに渡って問題視されています。
以前から政府は、税制改正などを通じて企業の地方移転を促進してきました。その内容は、「企業が事務所や研究所、研修所を、東京23区から地方に移すか、すでに地方に立地している施設を拡充すれば、設備投資の額や雇用数に応じて、法人税を軽くする」というもの。しかし、新設された2015年度からの3年間に、企業がこの制度を利用したのはわずか74件にとどまり、2020年までの目標である7,500件の移転・拡充にはほど遠い進捗です。
最近はコロナの影響でリモートワークが増えたことにより、「わざわざ都心の一等地で高いオフィスを借りる必要はない」という声も多く聞かれるようになりました。しかし、コロナによるオフィスの縮小・解約はよく耳にする一方で、地方への移転事例はまだ少ないように感じます。
移転元の解約予告と移転先の物件探し・内装工事などを考えると、ある程度の期間が必要になるため、事例として挙がってくるのはもう少し先になるかもしれません。ただ、企業が地方移転に踏み切りづらい理由も多々あるのが現状です。果たして、今後企業の地方移転が増えていく可能性はあるのでしょうか。
企業の地方移転に立ちはだかる壁
前述した地方移転実績の伸び悩みについて、内閣府は新税制の内容に問題があるとしており、「優遇を受けられる要件が厳しく、利用が進まない」と述べていました。
しかし、企業が地方移転に踏み切れない理由は、他にもいくつかあります。
① 従業員の居住地が都心に集中している
事業戦略的な地方移転であったとしても、まずはオフィスで働く従業員の通勤問題が真っ先に挙がってきます。移転先での大量採用を見据えているのであれば話は別ですが、既存の従業員に移転先での勤務を命ずるとなると、無理に実行すれば離職増加にも繋がりかねません。特に従業員を多く抱える大企業では、こうした大胆な拠点変更を行うのは難しいことです。
地方移住のニーズが増加しているからといって、企業の地方移転が進むかというと、決してそうではありません。なぜなら、地方移住を検討する人はあくまで個人のライフイベントやその後の人生設計をふまえた意思決定をするのであって、企業側の選択に左右されることを前提としていないからです。
一部機能の移転であれば影響範囲は限定的ですが、本社機能も含めての全面移転ということになれば、ハードルはより高まります。例えば人数規模が小さいスタートアップで、メンバー全員が同じ出身地かつUターンを希望している、といったケースであれば、比較的地方移転に踏み切りやすいかもしれません。
② インターネット環境が整っていない
地方と言っても、大阪や名古屋、福岡といった主要都市部であれば企業の数も多く、ビジネスの地盤があるため、インターネット環境は十分に整っていると言えるでしょう。しかし、特にワーケーションなどで例が挙がるような地方の山間部や農村地帯などでは、まだまだ安定した高速通信の普及率が低いのが現状です。
例えば、フレッツ光(NTT東日本・西日本)は人口カバー率およそ96%で、日本で一番メジャーな光回線です。東西合わせると光回線市場のシェアは約68%、実に3人に2人が利用している計算になります。ただし、カバー率の計算における対象の市町村は、役所で光回線が使えればOKとみなす数値なので、役所から離れた地域では使えないケースも多いのです。
また、東京では主流となっている高速光インターネットNUROも、徐々にサービス提供エリアを拡大している途中で、日本全国に普及するにはまだまだ時間がかかるでしょう。
なかには、徳島県のように「山奥でも速い、日本一のネット環境」と銘打って、県内全域に光回線を引いている県もあります。しかし、こうした事例はまだまだ数少なく、各自治体の自主的な取り組み止まりとなっています。
③ オンラインでは取引先との商談がしづらい
コロナの影響でZoomなどを利用したオンライン商談が増えてきたとはいえ、まだまだ対面で実施している企業も多いのではないでしょうか。自社ではオンライン商談を推進していても、あくまで相手先がオンライン対応もしくは希望していることが前提となるため、“オンライン or 対面は臨機応変に”といったケースが多いように感じます。
学情の調査結果(2020年6月実施)によると、オンラインより対面での商談を希望する人は約7割にものぼります。その理由として多く挙がっているのは、「オンライン商談では表情が分かりにくいから」「オンライン商談ではコミュニケーションが難しいから」というもの。調査対象は「リモートネイティブ」と呼ばれる20代の社会人であるにも関わらず、大多数がオンライン商談の難しさを実感しているというのは、興味深い結果です。
(学情のアンケート調査に基づき作成)
もちろん、対面では得られないオンライン商談ならではのメリットもあります。具体的には、移動にかかる時間やコストを圧縮できる、リードタイムを短縮できる、商談履歴を可視化しやすい、などです。これらの利点を享受しつつも、対面時と同様にコミュニケーションを深め、受注率・成約率を高く維持するためには、プラスアルファの工夫が必要になってくるでしょう。
④採用力が落ちる
厚生労働省の統計によれば、2019年の有効求人倍率(企業からの求人数を、ハローワークに登録している求職者数で割った値)は、全国平均が1.60であるのに対し、東京は2.10。なかには0.5に満たない県もあることを考えると、やはり東京はかなりの高水準です。つまり、求職者にとっては東京の方が就職先の選択肢も多く、職探しには適していると言えます。
(東京労働局、厚生労働省業務統計をもとに作成)
国内における人口移動の状況について、2019年に実施された総務省の調査結果によれば、東京圏(東京・神奈川・埼玉・千葉)は24年連続で転入が超過しており、特に20~24歳が高い割合を占めています。若年層を中心とした地方離れ・東京流入は続いており、その多くが入学や就職を機に東京へ出てきていると考えられます。新卒採用に力を入れる企業にとっては、やはり地方より東京の方がメリットを感じやすいのではないでしょうか。
また、例えばIT系の職種(プログラマー、デザイナー等)だと、作業環境さえ整っていれば場所を問わずに働けるのでは?と思ってしまいがちですが、「地方だと求人が少ないので上京せざるを得ない」といった声のほか、「勉強会やセミナーがあまりない」「案件単価が低く、収入が減ってしまう」といった理由から、地方で働きづらいケースも多いようです。
コロナで地方移住は進めど、オフィスはむしろ東京一極集中が加速する?
ここまで、企業が地方移転に踏み切れない理由を見てきましたが、改めて今回のコロナによってどんな影響が起こるのか考えてみましょう。
リモートワークの普及がもたらすのは、オフィス出社有無の自由と、居住地選択の自由です。なかにはフレックスタイム制も併用することで、文字通り“いつでもどこでも働ける”環境を手に入れた人も多いと思います。この機会に「地方で暮らしてみたい」「地元に帰りたい」と、都心から離れた場所に居を移す人も少なからずいるでしょう。
一方、企業が完全にリモートワークに移行せず、オフィスを残存させると決定した場合、その立地選びは地方ではなく、むしろ東京にこそ軍配が上がるのではないでしょうか。顔を合わせる機会をつくり、全員で集まれる場所としてオフィスを機能させるのであれば、さまざまな居住地から従業員がアクセスしやすい場所に構える方が利便性が高いからです。
長い間「床不足」が続いていた東京都内では、IT・ベンチャー企業を中心としたオフィスの縮小・解約増加の影響もあってか、2020年3月を境にして市場動向が一変。オフィスの空室率が上昇し続けています。新築ビルが竣工前にも関わらず満床になってしまうほど、引く手数多であったここ数年の傾向から考えると、想像もできないような状況です。
この傾向が長期的に続けば、高騰してきた賃料の引き下げも考えられるでしょう。企業の地方移転を促進したい政府の思いとは裏腹に、皮肉にも都心ではオフィス確保の“またとないチャンス”が到来してしまっているのです。
無視できない東京一極集中のリスク。カギになるのは「地方でしか得られないメリット」
とはいえ、東京一極集中のリスクは決して無視できるものではありません。首都直下型地震のような未曾有の災害が発生した場合、膨大な建物被害と人的被害のほか、企業の本社機能の停滞による全国的な経済活動の低下、金融中枢機能の混乱など、計り知れないほどの影響が及ぼされるのです。
コロナの影響でテレワークの活用が進んだことなどを踏まえ、2020年7月、政府も本格的に地方移転を促進する方針を打ち出してきました。ただ「ハードルが高いから」というだけで地方移転という選択肢を捨ててしまうのは、いささか問題があるのかもしれません。
ワーカーの意識変化によって、時代は一気に動きます。たとえば、地方移住をする人が著しく増え、今まで以上に生活拠点ありきで勤務先を選ぶようになったら…。高まる副業需要に拍車がかかり、都心では叶えられない流動的な働き方に注目が集まったら…。「数年は収束しない」とも言われているコロナの流行をふまえ、短期的ではなく長期的な目線でライフプランを見直すとなると、これまで制約となっていた前提条件はガラッと覆されることになるでしょう。
企業にも、「時流にあわせて仕方なく地方へ」ではなく、もっとポジティブな効果を期待してワークプレイス戦略を練っていく姿勢が求められます。前述したハードルの高さを乗り越えてでも、地方移転でしか得られないメリットを企業が見出だせば、未来が大きく変わる可能性は十分にあるのです。
実は、地方移転のハードルが高そうな大企業でも、最適な機能配置やBCP対策などの観点から、本社機能の一部地方移転に取り組んだ事例があります。例えば、コマツやアクサ生命では、渉外や研修・福利厚生、BCP機能などを地方に移しました。他にも、東レでは研究開発施設の新設・拡充、ジェイティービーでは分社化といった具合に、地方拠点の強化を通じて地域経済の活性化や雇用創出に貢献しているケースもあります。
最近では、トヨタ自動車が富士工場(静岡県裾野市)の跡地を利用し、約70.8万㎡という広大な街「Woven City(ウーブン・シティ)」の着工を発表し、話題を呼びました。人々が生活を送るリアルな環境下でサービスを開発すべく、2,000名程度の住民が暮らすことを想定しているそうです。「リアル×テクノロジー」の分野で新たな取り組みが期待されるなか、都心の限られたスペースではなし得なかったであろう、地方ならではの強みを活かしたプロジェクトです。
また、こうした取り組みには、企業と自治体とのパートナーシップが必要不可欠であると言えます。官民の垣根を越えた提携が増えることで、企業の地方進出は今後加速化していくかもしれません。
いずれにせよ、コロナによって働き方の多様化だけでなく仕事に対する価値観が変化したり、ライフスタイルを見直す人が増加したことは、紛れもない事実です。大企業からベンチャー・スタートアップまで、さまざまな企業が新たなワークプレイス戦略を考えるにあたって、「地方」というキーワードは従来以上に存在感を増すに違いありません。
今後、地方移転の事例がどの程度増えていくのか、引き続き注目していきたいところですね。
(執筆:澤木 香織)
あわせてどうぞ
<参考文献>
地方拠点強化税制について/内閣府 地方創生推進事務局
Re就活登録会員対象 20代の仕事観・転職意識に関するアンケート調査(オンライン商談について) 2020年6月版/株式会社学情
一般職業紹介状況(令和元年12月分及び令和元年分)/厚生労働省
住民基本台帳人口移動報告 2019年結果/総務省統計局
戦略的政策課題「東京一極集中リスクとその対応」について/内閣官房国土強靱化推進室
本社機能の地方移転等の取り組みについて/一般社団法人 日本経済団体連合会