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赤ワインを飲みながら。

こんにちは、デイリージラフです🦒

先日、1人で考え事をしたくて、実家の近所のサイゼリアに行った。

赤ワインを飲んで、エスカルゴなんか食べちゃって、
その時のなんとも言えない幸福な背徳感を感じながら、
ぺらぺらと本を読んでいて。

鈴木おさむさんと秋元康さんの対談本『天職』を読んでいたのだけれども、そこでは、孤独の時間が、クリエイターによっては必要不可欠な事だと書かれていた。

コピーライターの糸井重里さんも、ほぼ日のコラムで、そのようなことを語っていたのを思い出し、ネットで検索していると、こんな文章が出てきた。

「孤独」ほど怖いものはない。
「孤独」を知らない人間ってのは、魅力がない。

ぼくは前々から、
「一人でいる時の顔が想像できない人とは
つきあいたくない」と、発言しておりました。
どんなに普段がご陽気はダンナでも、
「この人は、夜中にひとりでいる時は、
こんな顔を見せるんだろうなぁ」と、思える人がいる。
逆に、いつも集団や組織とセットでの顔しか
なさそうな人もいたりする。
もしかしたら、俺は世界の誰からも何からも
見放された「たったひとり」なのではあるまいか、
という不安を、いちども持てなかったという人は、
不幸なことかもしれない。

ダーリンコラム 糸井重里

いつも誰かと一緒にいると、どうしても誰かに合わせて生きなければいけない。それはそれで、面白いことではあるのだけれど、そのことばかりになってしまうと、自分がどんどん乾いていく感覚がある。

例えば、周りの誰にもわかってもらえないような、自分だけの愉しみ。

自分にとって、それは伊丹十三や小津安二郎の映画であったり、大滝詠一の対談ラジオであったり、曽我部恵一のエッセイだったりする。

誰かに報告するのではなくて、自分で自分を楽しむための、好きなことは、心の渇きを潤してくれる。

孤独の時間は、砂漠に咲く一輪の花のようなものである。

だからこそ、自分だけしかわからないと思ってた事が、
実はあるひとにわかってもらえたりすると、
それはそれは、とても嬉しい事だったりする。

遠慮せずに自分の好きなことを語り合うこと、
それは学生の時には、授業の後に飲み会したり、
サークルでぐたぐた喋ったりしたものだけれども、
社会人になるとそんな時間はぐっと減ってしまう事が多い気がする。

ビルゲイツも1年に一度山小屋に篭って1週間くらい、好きなだけ興味のあることを調べたりするらしいけれど、アウトプットするためには、それなりのインプットが必要なのだと思う。

ただ、そのインプットは、なんとなくスマホをみるのではなくて、
自分のセンサーが欲しいものを意識的に探す事でないと
ただ情報の海の飲まれてしまって、時間だけが過ぎ去っていく。

だからこそ、1人でボーッと、サイゼでワイン飲んで、
やりたいことや考えてみることを整理することは、
自分の人生にとって大切な時間。




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