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やくそくしよう。

「よっ」

男の漏らした息に合わせ、桶の水はページに染み渡った。見開かれたページには水が染み、眠気まなこを擦るようにゆっくりと文字が浮き上がる。

「これ、不思議だねえ。どうして1日1ページなの?」
「他のページとくっついちゃうからね。めくろうとすると破けちゃうんだ」

子供は手を伸ばしていたが、男の咎めるような眼差しに怯えて手を抱える。害は与えやしないよと、静かに男をたしなめた。

「この本、面白いの」
「面白くはないけど、大切な人が残したものだから」
「もういない人?」

男は子供の問いには答えなかった。背を向けて去っていく背中に、明るい声で「また明日!」と声がかけられる。

気遣いの足りぬ扱いにドアがキシキシと悲鳴をあげる。その訴えは本の読み方を見つけて以降、男の耳には入らない。

今日も読んでくれてありがとう。
2人で一緒にご飯を食べた日の日記です。
すれ違ってしまい、久しぶりのことですね。君ってば、相変わらずお皿を並べるのと片付けることばかりなんだから。空の器は台所に引き返すんですから、意味はないんですからね。

さて、これを読んでいるということは、わたしを探しているのだと思います。
すれ違った分、わたしのことを知ってほしくて、こんないたずらをしたことは申し訳ないと思います。

何度目を通したか、食傷気味でしょうが、途切れることなく読み終えたら丁度3ヶ月です。めんどくさい人間であることは承知です。けれど、わたしたちにはそれくらいの時間が必要と思います。

会いたい気持ちは嘘じゃないわ。でも、少し、わたしのわがままに付き合ってくれて、迎えにきてもらえたら嬉しいです。

今日の謎々は、図書館にある本から探してください。作者はムから始まり、赤と緑の派手な表紙の本です。ページは135。行数は6。頭の言葉を拾ってください。
やくそくしましょう。きっとわたしたちまた会うわ。

「やくそくしよう」

男はため息を漏らす。自分の不甲斐なさと、天性のいたずら好きな彼女の性質が招いた結果に悲しくなった。
しかし、耐えて読み続ける意志が折れてしまうことはなかった。出かける準備をはじめ、男はふたたびドアの悲鳴を響かせる。

ご清覧ありがとうございます!
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