やくそくしよう。
「よっ」
男の漏らした息に合わせ、桶の水はページに染み渡った。見開かれたページには水が染み、眠気まなこを擦るようにゆっくりと文字が浮き上がる。
「これ、不思議だねえ。どうして1日1ページなの?」
「他のページとくっついちゃうからね。めくろうとすると破けちゃうんだ」
子供は手を伸ばしていたが、男の咎めるような眼差しに怯えて手を抱える。害は与えやしないよと、静かに男をたしなめた。
「この本、面白いの」
「面白くはないけど、大切な人が残したものだから」
「もういない人?」
男は子供の問いには答えなかった。背を向けて去っていく背中に、明るい声で「また明日!」と声がかけられる。
気遣いの足りぬ扱いにドアがキシキシと悲鳴をあげる。その訴えは本の読み方を見つけて以降、男の耳には入らない。
「やくそくしよう」
男はため息を漏らす。自分の不甲斐なさと、天性のいたずら好きな彼女の性質が招いた結果に悲しくなった。
しかし、耐えて読み続ける意志が折れてしまうことはなかった。出かける準備をはじめ、男はふたたびドアの悲鳴を響かせる。
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