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せめて、しあわせなゆめを

スラックスを脱ぎ捨てて、急かされるようにシャツのボタンを脱ぎ捨てる。ほつれていたボタンが弾けたが、どうせ安物だ。また買えばいい。

逃げるように帰路につき、命からがら生き延びたが如く床に倒れ込む。ジタバタした足が机にぶつかり、水音がした。心当たりがありすぎて、何がこぼれたかはわからなかった。ただ、水をあんまり飲む習慣がないことはたしかだ。

「情けな」

別に面白おかしい生活を求めていたわけでもないけれど、働くことに疲れきってしまった。楽しさや誇りが持てるかはさておいて、とにかく心身共に疲労困憊だ。

とぽ、とぽ、とぽ

しずくがしたたっているようで、重ねてやるせない気持ちになった。目をやったけど、やめておけばよかった。スラックスに垂れてる。

グレーはダークグレーになり、濡れてヘタったせいで格子柄の線は歪んでいる。もう少しクリーニングに出さなくていいやって思っていたのに、放置すれば二度と足を通すことはないところまできてしまった。

それでも焦る気にはなれなかった。船を漕ぐとはよく言ったものだ。ただ、言い始めた人に言いたいのは、これは世界に落っこちていると言った方がしっくりくる。

このままいけば、眠りに落ちることはたしかだけど、問題はそれより先にある。

「せめて、しあわせなゆめを」

口に出そうとは思わなかったし、うまく言えなかったと思うし、それよりなにより、口の中を噛んだ気がする。
でも、どうでもいい。ただ、このちいさなねがいごとさえかなってくれれば。

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