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大人になったら

しんしんと雪が降り積もっています。静かな場所であるはずなのに、子供は雪からガラスのような音がしている心地がしています。

シャン。シャン。シャン。

今日を終われば、彼が枕元にやってくる。子供は期待に胸を躍らせ、寒い風もパチパチと鳴る暖炉もズリズリとソリが引かれていく音も、何もかもが愛おしく思えました。

「お父さん、今何時?」
「まだ六時だよ。晩御飯もこれからだろう?」
「待ちきれないの」
「気が早いんだから。ほら、お母さんの料理からいい匂いがしてきたよ」

その日の晩御飯は好物のグラタンでした。喜びに尻尾をピンと突き立てながら、子供はお父さんに飛びつきます。ふさふさとしたおなかの毛が心地よく、子供は顔をうずめます。

「さあ、もう寝なさい。お腹がいっぱいだろう?」
「うん。お父さんはまだ寝ないの?」
「まだもう少し起きていようかな」
「それ、なあに?」
「これ?コーヒーだよ」

香ばしい匂いにまじり、ほのかに甘い匂いがしました。子供はまだ口にしたことのないコーヒーという飲み物に、もう首ったけになっていました。

「お父さん、それ飲みたい!」
「もう少し大人になってからならいいよ。今は眠れなくなっちゃうからね。そうすると、彼もプレゼントを渡しそびれてしまうだろうさ」
「そしたらやめる。大人になったら、きっとだよ」
「ああ、約束さ」

ベッドに入り目を閉じてから沢山の想像が湧き立ちます。
大人になったらお父さんと一緒にコーヒーを飲むこと、今よりもずっとおおきな雪だるまを作れるようになっていること、沢山の想像がこれからきっとかたちになること。

ニャムニャム。

あこがれながら、やがて子供は寝息をたてて夢のなかへとおちていきます。

「おやすみなさい」

暗闇の中で誰かがぽつりとつぶやきました。

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