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錦光山和雄の小説編

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2021年3月の記事一覧

風のみち

風のみち

  伊万里を訪れるのは俊太にとって初めてであった。大川内では、陶家の赤レンガの煙突から白い煙がたちのぼり、山あいをゆっくりと流れていく。   俊太は登り窯の窯跡を見て山道を降り、陶器の破片の埋め込まれたトンバイ橋を渡った。紅い寒椿の咲く脇の石段を登ると小さい梅林がある。

 俊太は小道でたたずみ、煙草に火をつけた。山の稜線から射し込む早春の陽光が心地よい。暖かい日差しに誘われたように髪に白いものが

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あるはるの日

あるはるの日

  ある晴れた春の日、道をあるいていると、野辺にタンポポが咲いていた。通りすぎようとすると、タンポポが「こんにちわ」とあいさつした。わたしも「こんにちわ」とあいさつした。

  しばらく行くと、朽ちかけた樹がある。そのそばに落下した紅椿。咲くタンポポもあれば、新緑に燃えた樹もときをへて朽ちていく。絶えず変転をくりかえし、この世は常に同じところにとどまることのない、無常の世界。すこし切なくなる。

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台風(タイフーン)ベビー

台風(タイフーン)ベビー

  テレビの気象予報が、「大型の非常につよい台風が、時速二十キロの速さで北北東に進んでいます」と伝えている。和子が居間で洗濯物を片付けながら、嫁の奈々に話しかけた。

 「随分、大きな台風が来るみたいね。今晩には関東地方に接近するそうよ。台風の影響で関東地方の上空にあった秋雨前線が消えちゃったみたい」。洗濯物の片付けを手伝おうともせずに、テレビを眺めていた奈々が、綺麗にネイルした指についたポテトチ

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