あるはるの日
ある晴れた春の日、道をあるいていると、野辺にタンポポが咲いていた。通りすぎようとすると、タンポポが「こんにちわ」とあいさつした。わたしも「こんにちわ」とあいさつした。
しばらく行くと、朽ちかけた樹がある。そのそばに落下した紅椿。咲くタンポポもあれば、新緑に燃えた樹もときをへて朽ちていく。絶えず変転をくりかえし、この世は常に同じところにとどまることのない、無常の世界。すこし切なくなる。
しだれ桜はソメイヨシノより早く咲くと教えてくれる人がいて、そうなんだ、もしかしてしだれ桜が咲いているのを見れるかもしれない、と、『墨東奇譚』を書いた偏屈じいさんの永井荷風がステッキを持って散歩していそうなレトロな街並みをゆっくりあるいて行った。そういえば、荷風がトンカツをよく食べに行った大黒屋は店じまいしたそうだな、などと考えながら、通りをぬけて石段を六十四段のぼると、大振りのしだれ桜が満開。
言葉もなく、ただただ見上げていると、名前のしらない鳥がいる。じっと見ていると、淡雪が降っているのかと思う。いや、雪ではなくて瀑布か。一瞬、白い飛沫をあげる瀑布が幻影のように浮かぶ。
帰りみち、暖かい陽ざしのなかをあるいていると、路地の片隅にたたずんでいたツクシンボウくんが「オレたちのこと忘れないで!」と騒いでいるので、「わかったよ」と言って、写真でパチリ。
そしたら、若いおとめ桜が「わたしも」と声をかけてきたので、恥じらうように薄っすら紅を帯びた清楚なすがたに一目惚れ。文句なしにもう一枚パチリ。おっと、いけない、あしもとのツクシンボウくんたちがひがむといけないので、「ツクシンボウくん、元気でいてね」と一言つぶやいて、家路につきました。
偏屈じいさんの永井荷風
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