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映画の半分はサウンドである - 『バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち』

これは、スターの後ろでサポートとして歌い続ける「バックシンガー」という職業を描いた、ドキュメンタリー映画だ。

原題の "20 Feet from Stardom" は、そんな彼らと、ステージ前方でスポットライトを浴びる「スター」を隔てる、20フィート(約6m)という、遠くはないが越える事のできない距離を表している。

往年の大ヒット・ミュージカル『コーラスライン』も、このバックシンガーと同じ立場の「バックダンサー」に選ばれようと夢みて、熾烈なオーディションに臨む若者たちを描いていた。(ちなみに『コーラスライン』とは、バックダンサーやシンガーが前に出過ぎないよう舞台上に引かれる、スターと彼らを隔てる"線"のことだ)

『コーラスライン』1985年 アメリカ映画 (リチャード・アッテンボロー 監督)

生半可な技術や容姿では、無名のまま歌ったり踊ったりする「バック」の仕事すら得られない。そんなアメリカ競争社会の厳しさと同時に、ショービズ界の「層の厚さ」を見せつけるような作品だった。

本作はしかし、たとえそうした競争をくぐり抜けて現場に立てたとしても、所詮 バックは「バック」であり、「スター」とは根本的に違うという現実を、実在の歌手たちの人生を通して描き出す。

あるバックシンガーはこう語る。

バックは気楽な立場。自分を押し出す必要はなく、あくまでもソロに調和していく仕事。けれどもソロシンガーは、自分の目ざすものを打ち出していくのが仕事で、とにかく人間としてのパワーが必要。

そして、たまたまそんなパワーがあって「ソロシンガー」になれたとしても、売れるか売れないかは「運」次第。

本作では、60年代にバックシンガーとしてデビューしたダーレン・ラヴが紹介される。彼女は人気を得てソロシンガーとしてもデビューしたが、プロデューサーに冷遇され、数作を発表しただけで芸能界を去った。

世界的なソロシンガーの一人、スティングはこう語る。

スティング

この世界で成功するには、どんなに才能があっても努力しても、だめなんだ。運というか……「流れ」のようなものが必要だ。

けれどもダーレンは、自分の才能を信じる事をやめなかった。

自分は歌という才能(ギフト)をもらったのだから、それを使わなければならないと思った。

彼女はその後、再びバックシンガーとして音楽界に復帰。2011年にはついに「ロックの殿堂」入りを果たしている。

2014年 本作が「アカデミー最優秀ドキュメンタリー賞」に選ばれ、登壇したダーレン

本作の題材は「アメリカの音楽業界」という狭い世界だ。だがここには、どんな職業にも共通する「人生の選択」の難しさが描かれている。

脚光は浴びるが先の読めない、華やかだがリスキーな仕事に「選ばれる」か。そんな「スター」の20フィート後ろで働く、気楽だが地道な仕事を「選ぶ」か。

いずれにせよ人は自分の道を選択し、歩き続けていかなければならないのだ。降りる事のできない「人生」というステージの上で。

そんなホロ苦さを、「音楽」という仕事を通じて伝えてくれる作品であった。

(初出2014年1月14日, 渋東ジャーナル所収, 2024年4月25日改稿)


映画の半分はサウンドである

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