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EGG ~浮遊移動式独立住居型万能椅子~【ショートショート】

 真夏。正午。気温は四〇度。果てしなく続くビルの山脈。

 その谷間に見える道路はもはや熱した鉄板のようだ。こんな日に出歩けば熱中症で倒れてしまうだろう。でも、それもひと昔前の話。この街にはわざわざ外を歩く者はいない。
 道路を埋めつくしているのは、大量の卵だ。

 正確にいうと、卵型チェア。正式名称でいうと、浮遊移動式独立住居型万能椅子。

 通称、エッグと呼ばれている。
 エッグはもはや一人一台、持ち歩く、というよりは、座り運べる万能椅子だ。『殻に守られた究極のパーソナルスペース』とは開発に成功した企業の宣伝文句であり、ここ数年で急速に普及した。

 卵を模したこの椅子は、一人乗りで、地面からわずかに浮いた状態を保ちながら道路を移動することが可能だ。

 前面を透明保護シールドで覆われて、外から人の姿を確認できるのは、シールド下部分のわずかな隙間からぶらりととびでた足のみで、それ以外の卵殻部は耐久性があり、軽量の特殊な樹脂で覆われている。

 この卵殻部ボディのデザインやカラーの種類は非常に豊富で、ペイントを施しているものも多く、上空からの景色はイースターエッグのようにも見える。
 

 そんな中、赤玉よりも真っ赤なボディのエッグに乗っているのが、きみだ。

 卵内は、外の茹だるような暑さとは無縁で、快適な温度が保たれている。透明保護シールドは熱を遮断し、光だけをとりこめる。空気も常に循環されて新鮮だ。 

 座っている椅子だって、きみの体型に合わせてつくられたものだから、いくら座っていても疲れることはない。それでも疲れを感じるなら、リラクゼーション機能を使えば問題ないはずだ。

 シールド裏面は大きなディスプレイとなっていて、きみは左上のワイプでニュースを見て、メイン画面では、オンラインゲームを楽しみ、きみがしゃべった言葉が文字に起こされて、部下と仕事のメールをやり取りしている。
 すべての操作はひじ掛け先端部のタッチパネルか音声認識で行える。

 肝心な運転だって、きみがする必要はない。このエッグは自動運転に設定されている。 

 目的地を設定すれば、座っているだけで安全に運んでくれる。エッグ同士の感知センサーやレーダーが反応し、衝突することなく道を譲りながら、各々のルートを移動することが可能だ。手動運転なんかするから事故が起きるのだから。
 画面右上の時計を見たきみは昼食にすることにした。
 もちろん、メニュー画面を開いて、選択するだけでいい。

 少しすると、エッグは最寄りのフードカウンターに並ぶ。並ぶといっても、注文ナンバーを表示すれば、すぐに受けとることができるからスムーズに列は流れている。ボディの小扉をあけ、無人カウンターから注文の品を受けとる。代金はエッグのチャージ分から自動的に領収される。わざわざ人と顔を合わせるサービスなんて必要ないのだから。

 収納式のテーブルをだして、きみは美味しそうにラーメンをすする。調味料ポケットから胡椒や酢や豆板醤をだして、味を変えながら食べ進める。お腹が空いていたのか、あっという間に食べ終わると、近くの回収ボックスへとより、小扉から食器を投げ捨てた。食器は洗浄・殺菌されて、ちゃんと元の場所に戻るのだ。
 満足気のきみは、ひじ掛けの赤いボタンを押す。椅子のお尻のクッションが引っ込み、便座になる。ズボンと下着をおろして、きみは用をたす。糞尿は分解されて、エッグを動かすためのエネルギーに転換される。環境にも配慮しているのも、エッグが受け入れられた要因のひとつだろう。
 用をたしている間に、きみのエッグは駅へと着いた。ここから電車に乗る。エッグ専用電車がホームに着くと、卵のパックのような車両にきみのエッグは収まる。車両を埋めつくしているのは、大量の卵だ。
 電車はビルの間を縫うように進む。
 午後の仕事にきみはとりかかっている。きみは会社を経営している。オフィスはない。仕事はエッグ内で社員とやりとりできるし、家賃を払ってまでオフィスを借りる必要がないのだ。ビルを覗いてみると、がらんとした部屋がたくさんだ。ビルはどんどん減っている。余分な建物は整理されて、エッグの新しい道路が建設されている。

 エッグは増え続ける一方だ。
 一人暮らしだって、家を借りる必要はない。もはや、エッグがきみの家なのだから。金銭的余裕のない人だって、風呂トイレなしの格安エッグを持っている。街にはエッグレスの人もいないことはないが、大概の人はエッグとともに生きている。

 エッグなしでは生きてはいけない世の中だ。
 エッグを充電するべくきみは充電スタンドへとよる。床から突き出たプラグにエッグはドッキングする。

 スタンドも卵で溢れている。エッグが普及すると、充電スタンドの需要は急激に増した。予備のバッテリーを積んでる人もいるくらいだ。充電だけはかかせない。充電が切れたら、何もできなくなってしまうのだから。裏を返せば、充電さえしていれば、何だってできてしまうということだ。充電中でも、エッグの外へ出る人はいない。ディスプレイ右上のバッテリー残量を確認し、きみはスタンドを後にする。
 仕事も一段落したきみは大きなドームへと入る。

 ここはエッグの収用施設で夜になると大量のエッグが入ってくる。このような施設がいくつもあり、ここでエッグは充電しながら、停止する。

 ここでも誰ひとりエッグから出ようとはしない。

 所々で、カップルが互いのエッグを横づけにして、エッグ内で愛しあっている声もきこえるが、きみは気にはならない。今は仕事が大事な時期なのだ。

 寝る準備をきみは始める。

 足をエッグ内に引っ込めるとひじ掛けの青いボタンを押す。エッグの隙間が閉まり、内部を卵白のような洗浄水が満たす。水流が起こり、きみはまるごと洗われる。洗浄が終了すると、水は排水されて、エッグ内は急速乾燥されて、きみはすっきりとした表情になる。施設内には、温泉エッグとよばれる、温泉の成分の含まれた洗浄水に浸かれるスペースもあるが、この時間は混んでいる。

 天井部の収納から圧縮クリーニング済みの新しいシャツをとりだし、着替える。脱いだシャツを小扉から投げ捨て、クリーニングボックスへと入れる。
 椅子を後ろへと倒すと、それに伴い、エッグも横へと倒れて、きみはフラットな状態になる。音楽を自然音に設定し、真上のディスプレイに星空を映し、頭に手をやる。
 原っぱに寝そべり、風を感じて、虫の音をきいて、満天の星空を眺めながらきみは眠りにつく。


 朝。ドームからたくさんの卵が外へとでていく。きみもその一人だ。
 今日も朝から四〇度を越えている。昼頃には四五度を越えるかもしれないと、天気予報が伝える。それでもきみは気にしない。もはや天気なんて関係ないのだから。
 クリーニング済みのシャツを受けとり、きみはすばやく朝食をすませる。

 今日は午後から大事な会食がある。会議だったらエッグ内で済むが、会食となると一ヵ所に集まらなくてはならない。エッグ内で各々が食事をすることには変わりはないのだが、こういう慣習だけは残ってしまうようだ。

 会食の場所は、五つ星レストランのVIP専用エッグルームだ。

 エッグ専用高速道路を使えば、十分に間に合う時間だ。

 エッグは高速道路を進む。きみはつくまでの間、他の仕事を片づける。

 正午。ディスプレイが突然消える。ボタンを押しても、反応しない。

 きみは首をかしげるが、接続が一時的にストップしただけかもしれない。エッグは自動運転のまま動いている。他のことをしようとするが、きみは何をしていいのかわからない。

 仕方なくきみは久しぶりに外の景色に目を向ける。知っている街もだいぶ様変わりしていて、きみは驚く。
 エッグが道路の真ん中で停止する。
 手動運転に切り替えるが動かない。電源を押しても反応しない。きみは汗をかく。汗なんてかいたのはいつぶりだろうか。空調が止まったせいもあるが、それだけではない。

 突然、大きな衝撃を感じる。シールドにひびが入り、恐る恐る目を開けると、エッグが横転している。エアバッグのおかげできみは無事だ。
 そこら中でも衝突音が響き、次々とエッグが転がる。

 中から人が這い出てくる。その姿は卵から生まれたばかりの雛のようにうまく歩けていない。歩き方を忘れてしまったみたいにぎこちない。

 ここ数日間の記録的猛暑でエッグ本体が熱を持ち、作動しなくなってしまったのだ。

 これは予期せぬ出来事だった。きみはまだその理由も知らずに、混乱する人々の様子をエッグの中から見ている。

 人にぶつかっては、顔も合わせず無言で立ち去っていく人もいれば、殴り合いを始める人もいる。血を流しながら助けを求める人もいる。家族や恋人や知り合いに再会できて、抱きあっている人も泣いている人もいる。その逆で、エッグから出られない人もたくさんいた。外にでるのが怖い人たちだった。
 きみは足を道路につけてみる。裸足のきみの足は鉄板に焼かれるようだ。靴なんてない。目玉焼きでも焼けそうな熱さだ。汗がとまらない。
 
 きみはどうする?

(了)

 読んでいただきありがとうございます。
 そるとばたあ@ことばの遊び人です。普段は400字のショートショートを中心にLIVE形式のnoteを書いています。
 今週末の土日にかけてはそちらをお休みにして、過去に書いた作品や未発表の作品をnoteにupしていきたいと思います。

 今日29日(日)は、DAY2 Sun Stage

 5本の作品をupします。
 待っていてくれていた方も、たまたま読んでくださった方も、その時間が楽しいものとなりますように。

( 昨日28日(土)のDAY1 Moon Stageはこちらから)

文章や物語ならではの、エンターテインメントに挑戦しています! 読んだ方をとにかくワクワクさせる言葉や、表現を探しています!