オムライス解散 【ショートショート】
『二四時間後、オムライス解散! 正午より記者会見』
その日の〇時に解禁された重大ニュースは、瞬く間に列島を駆け抜けた。
朝のワイドショーは全局が特別番組に変更になり、街では号外が配られ、飲食店ではオムライスの注文が殺到し、子供から大人までが涙した。
国民的エッグフードであるオムライスの解散。
この物語はその伝説ともいえる一日の一部始終の記録である。
その知らせは何の前触れもなくやってきた。注文もしていないのに届けられた一枚の紙。
深夜〇時。マスコミ各社に一枚のファックスが送信された。
テレビでは緊急速報が流され、ネットニュースでも拡散された。
テレビ局は騒然としていた。各局が早朝のニュース番組で使う素材の調達へと奔走。卵も情報も鮮度が命だ。
とある局では、専門家たちが緊急招集されて、緊急生特番『朝まで生オムライス』が放送された。食の専門家、グルメレポーター、有名オムライス店店主などオムライスと深い関わりのある有食者たちが集まった。その中でも、オムライス店店主の語った言葉が印象的だった。
「オムライスというのは、私たちが駆け出しの料理人の頃、簡単には作らせてもらえませんでした。それは、やはり卵を包む技術的な部分です。お客様に出せるレベルのものにするまで、お店の閉店後や自宅で練習したことを思い出します。フライパンを揺する、箸でかき混ぜる、火加減、チキンライスを包む技術。初めて、私が作ったオムライスを食べた方の顔は今でも忘れません。技術的な部分はプロですからもちろんのこと、作って終わりではなくて、召し上がるお客様への真心も一緒に包もうと思いました。隠し味ってやつですよ」
さて、ネットニュースで拡散された深夜の街の様子はどうだろうか。ファミレスではオムライスの注文が殺到していた。この時間帯に営業している飲食店が限られていたため、オムライス難民の人々が押し寄せたのだ。上から被せるタイプのオムライスが主流の店だが、ただでさえ深夜帯で従業員が少ない中での大量注文。店側は急遽、オムライス時給でのオムライスシフトを敷き、オムライスオペレーションを実行した。卵がなくなると人々もいなくなった。
早朝、テレビ局はニュースで特集を組んだ。オムライス結成秘話やこれまでの歩み、過去にリリースされたオムライスや時代とともに進化するオムライス特集、世代別好きなオムランキング、様々な報道がなされた。
その頃、街のいたる場所では人だかりができていた。
スーパーでは、開店前から卵を求める人々が行列をなし、混乱をさけるためにお一人様一パックのみでの販売がアナウンスされた。スーパーを梯子する人も多数いた。
金物店にもフライパンを求める人々が集まった。
その中でもオムライス有名店の行列がすごかった。隣町同士の行列がぶつかるという事態も発生した。各店も卵の数には限りがあり、整理券を配布したが、客からの強い要望に店側は卵持参であればオムライスの提供を認めた。これは異例の措置ではあったが、店側の熱い想いの込められた接客だった。
さぁ、街から卵がなくなると大変なのが、卵を産む鶏と関連業者だ。鶏たちも回転を上げるが、消費に追いつかない。その姿を間近で見ている関係者たちも、
「産めるなら俺たちが産んであげたい!」
と話してたのには、食事中の方には申し訳ないが、親心を感じずにはいられなかった。
正午。某ホテルの記者会見場は、異様な雰囲気に包まれていた。
会場内には、何百人という報道陣の数、何十台というテレビカメラ。
ホテルの外には、老若男女問わず大勢のファンが群がり、オムライスのうちわを持ち、「ありがとう」と感謝を伝える人、解散反対のプラカードを掲げて、「馬鹿野郎」と泣きながら訴える人だったりが入り乱れていた。上空にはヘリコプターが何台も飛んでいる。
定刻になると、記者会見場にたまごはん、まい米、ちきん、けちゃっぷの順に登壇した。
たまごはんは、サングラスをかけ、顔にはトレードマークのひび割れペイントが施されている。まい米は、炊きたてのふっくらとした笑顔。ちきんは、鶏皮ジャンを着こなしクールだ。けちゃっぷは、口元にケチャップがついている。
「えー、皆様、お集まりいただきます……いただきましてありがとうございます。本日を持ちまして、我々、オムライスは解散します」
代表してたまごはんが挨拶すると、無数のフラッシュがたかれた。
「えー、本日は、オリジナルメンバーだけの登壇となりましたが、数多くのサポートメンバーやコラボアーティストにも僕たちは支えられてきました。デミ、ベシャメル、カレーやハヤシ、僕たちを彩ってくれたすべての仲間たちにここで感謝を伝えたいと思います。
解散の理由につきましては、一部報道されているような食の方向性の違いということはまったくございません。僕たちは互いにプレーヤーとしても尊敬していますし、仲違いということでもありません。この四品が揃えば、オムライスが浮かぶと思うんです。だからこそ、新しい可能性を探りたいという前向きな決断と捉えていただかれ……いただきたいです。
今後、僕もオムレツとして、この三品もチキンライスとしての活動は継続していきます。僕たちを思い出したくなったときは、お手数ではありますが両方を味わってみてください」
たまごはんは、非常に丁寧に慎重に言葉を選別している印象をうけた。
ここからは質疑応答。
『新しい可能性というのを具体的に教えていただけますか?』
「新しい料理が生まれることです。スタンダードなものとして確立したオムライスですが、また違う形で、初期衝動を感じたいとそう思いました」
『お気持ちはわかるのですが、解散をする必要はないのでは?』
「これまでたくさんの方々に愛されて、ここまで大きくなった料理を終わらせることにはメンバーやスタッフとも何度も話し合いの場を設けました。それでも、僕たちが食べ終わるという選択が若手の料理、つまりまだ見ぬレシピの道を切り開くのではないかという結論にいたりました」
『ファンの方々に一言お願いします』
「そうですね、こんな半熟者の僕たちを愛して、作ってくれて、食してくれて本当にありがとうございました。また、どこかでお会いできることを楽しみにしています」
再び、無数のフラッシュがたかれる。けちゃっぷは、去り際にテレビカメラに赤いハートマークを描いた。
記者会見の終了後、最後の公式オムライス調理イベントが開催された。食事券は即完売し、あぶれた人たちのために各地でパブリックビューイングも開かれた。
料理人は朝オムに出演していた彼だった。
調理が始まった。暗い表情ではなく、楽しんでいるのが伝わってくる。包丁が軽快に刻み、フライパンは体の一部のように動き、肝心の卵も見事な出来栄えだった。最後にケチャップを中央にスプーンでかける。完成した瞬間、会場は静まり返り、まもなく、拍手喝采が巻き起こった。その場にいた著者も涙が止まらなかった。
その夜、各家庭ではオムライスがほとんどだったことだろう。ここ最近、忘れられていたケチャップ文字が、今日は各地でオムライスへの感謝だったり、メッセージであったり、プロポーズのオムライズにまで使われた。
国民的エッグフード、オムライスの解散。
だが、悲観することはない。
いつかきっと、我々がチキンとオムってさえいれば、また味わえる日が来ることだろう。
(了)
最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
こちらの物語は、ショートショート創作集団『ベリショーズ』が、定期的に発行している無料の電子書籍ベリショーズ Vol.1に収録させていただいたお話です!
まもなく最新号であるVol.8の発売が近づいていることもあって、この機会に今まで発行してきたベリショーズタイトル紹介と、これまでのベリショーズに書かせていただいた拙作を、改めてnoteに投稿していこうと思います!
有り難いことにVol.1より参加させていただき、当初は15名から始まったベリショーズも号を重ねるごとに著者が増えたり、入れ替わったりしながら、今回は32名の方々が参加しております!
ベリショーズは毎号特集テーマと自由テーマからなる物語を収録していて、同じテーマでも著者ごとの切り口や、作風、構成や形式だったり、多種多様な物語を無料でお楽しみいただけます。
今回、投稿した『オムライス解散』は、好きなバンドが解散するときの気持ちを、仮に好きな料理がもう食べられなくなってしまう世界があったらと置き換えて、書いた物語です。
書いた当時は気がつきませんでしたが、音楽を絡めていることもあるので、ある種、特集テーマである『音』とかけ離れているものではないかもなぁと、今この文章を打ちながらふと思いました(自由テーマで参加した物語でしたが)。
オムライスは僕にとって、特別な食べ物です。
日常的に食卓にでてくる料理ではなかったので、なんとなくお店であったり、テレビの世界の食べ物だと思っていました(歳を重ねて、そうではないと気づいた)。
ただ、遠足であったり、運動会であったり、特別な行事ごとのお弁当の時には「オムライスがいい」と母にお願いしていたことを思い出します。
今、考えるとただのケチャップライスに固めの卵焼きが乗った上に、追いケチャップしてあるなんてことないオムライスなのに、忘れられないくらいに美味しかった記憶が今でも残っています(屋外で食べたという体験なども込みかもしれませんが)。
そんなこんなで、もうオムライスが食べられない世界線があったら……とシュールな文体で書きつつも、オムライスへの想いや感謝は自分の中から集められるだけ集めて、詰め込んだ物語なのかなぁと思います。
こちらの物語を楽しんでいただけた方は、ぜひ、ベリショーズに収録された多彩な物語も味わっていただけたら嬉しいです。
そして、最新号もどうかお楽しみに!
文章や物語ならではの、エンターテインメントに挑戦しています! 読んだ方をとにかくワクワクさせる言葉や、表現を探しています!