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軽薄な一日-今夜はブギー・バック-

子どものころ、自分も然るべき年齢になったら、髪を長く伸ばして、体にぴったりとしたワンピースを着て、派手な化粧でお立ち台で踊るんだろうか、などと漠然と思っていた。
DCブランドに身を包み、赤や黄色のコンバーチブルにエスコートされる日こそが大人の世界の典型的イメージで、テレビの中にしか知らない浮ついた都会の夜は、描きやすい未来予想図だったのだ。

けれど、実際、ようやく私がその夜に足を踏み入れることが叶ったとき、時代の背景は原色からアースカラーに塗り替えられており、高級車を乗り回す若い男性は絶滅した後だった。
70年代半ばに生まれた私たちの、大人もどきの始まりは、そんなタイミング。

当時、流行していた歌はいろいろあるけれど、ちょうど渋谷系なんていうジャンルがもてはやされたのもその頃で、その代表格と言えば、ピチカート・ファイブ、オリジナル・ラブ、フリッパーズ・ギターだった。
その少し前に流行ったタテノリ系イカ天バンドのブームとは一線を画し、ファッションが紺ブレザーからハンチング帽やポンパドールのフレンチ・カジュアルへ移り変わったのと同じ流れにのるように、まるで脱力したPOPなサウンドが時代の風を作り出していた。

今振り返っても、あれは、「時代」だったと思う。
そしてまた、あのとき、紛れもなく若者だった「僕らの時代」の音楽だったというふうに思う。



中でも、フリッパーズギターの小沢健二と、「スチャラカでスーダラなラッパー」というふざけた名前を持つ偉大なグループ、スチャダラパーがともに作り上げた一遍の楽曲「今夜はブギー・バック」は、70年代半ば生まれの大いなる青春を彩った、印象的な作品だ。

  ダンスフロアに華やかな光 僕をそっと包むよなハーモニー
  Buggy Back Shake It Up 神様がくれた
  甘い甘いミルク&ハニー

この、イントロ。

このイントロで一瞬のうちに、夢に見ていた魅惑のバブルがはじけきった後、すっからかんの夜の街に遅ればせながら放たれて、ヤケッパチでアルコールとHIPHOPにダイブした、頭空っぽのmid 90's。
軽くて薄っぺらくて、くらくらするほど安っぽい、あの、僕らの時代が戻ってくる。

盆過ぎの、まだ十分に夏が列島を占拠していたある土曜日。
由比ヶ浜の海の家で、昼間から酒をあおる会だとかで、友人に誘われて西へ向う電車に乗った。
今年初めてどころか、何年かぶりのような気がする水着を下に着込んで。

海という響きに多少浮き足立ち、その上、ちょっと前に富士山に登ったところだったので、今年は、山に海に、なんと夏らしいことよと感慨が深い。
富士山頂でくぐったのも鳥居だったが、鎌倉の海へ入るのも大鳥居をくぐる。
駅から一直線の道の終点、砂浜に踏み出せばテンションがぐっと上がる。

目的の店は、ビーチの一番目立つところに陣取った立派なコテージで、中央のバーカウンターを囲むようにテーブルが配置され、正面に海を臨む。
このパーティは毎年恒例で開催されているそうで、例年ならジャグジーがあるらしいが、今年は残念ながらそれが壊れていて使えない。
ただしそれを除けば、十分すぎるほど贅沢な造りで、「海の家」の定義も近頃はすっかり変わったのだと感心してしまう。

知っている人がほとんどいない集まりなので、交わす視線も当初は遠慮がち、手持ち無沙汰でとりあえずカンパリ。グラスが空いたらキューバリブレ。
一緒に来た友人は、ビール何杯かの後、海だ海だと駆け出して行く。

時とともに人が増え、戸惑いが消え、肌が焼け、タガが外れる。
夏のせいか、海のせいか、ビキニのせいか、誰のせいなのか、全員に配られたテキーラのショットグラスを、きゃあ、だめだめと叫びながら、掛け声につられて一気にあおる。
テキーラは、5年前に渋谷で記憶を失って以来、もう絶対に飲むまいと心に誓った禁断の酒だったのに、いとも簡単にそれが破られて、もうやぶれかぶれ的にピッチは上昇。
頭の片隅では、もうだめだから、おさえなきゃだめだからと理性らしきものが主張しているけれど、それもやがてさやかになって、まあいいや、どうでもいいやと無鉄砲な水鉄砲。

血液にのってアルコールは体中をめぐり、じわじわと五感と思考を鈍らせ、みるみると四肢から力を奪い、身体も気分も宙に浮くほど軽くなる。
もうそこからは、誰と何の話をしたかだとか、どんなふうにひらひら踊ったかだとか、無暗に振りまいた笑顔の数だとか、そんなことは何一つ憶えていない。

ただ、あのイントロが鳴り出したとき、みんなが高い歓声をあげたことだけは確かだ。
ずっと音楽は流れていたはずなのに、あの曲だけは特別。
僕らの時代、あの、軽薄な時代に、歓声があがる。

自分をよく見せることばっかり考えて、いっつもスカートは膝上15cmだった軽薄な私。
お金は全然なかったけど、時間と元気と無謀さはたっぷりだったハタチ。
何度はめをはずし、何度酔いつぶれ、何度後悔し、何度それを忘れたことか。

  よくないコレ?コレよくない?
  よくなくなくなくなくなくない?

その土曜日は飲みすぎた。
パーティが終わり、酔っ払った勢いのままビーチでロミロミマッサージを受けて、ますます血行がよくなった後、ぐらんぐらんになった頭が重たすぎてテーブルにつっぷして2時間近く寝た。
目が醒めたらひどい胸やけと頭痛がした。
ふらふらとしたまま電車に乗って帰り、ベッドに倒れこんだらメールが届いて、その送り主が誰か一瞬分からない。
たぶん、あのテンションの中でアドレス交換したんだろう。

  その頃の僕らといったらいつもこんな調子だった
  心のベスト10 第一位はこんな曲だった

とにかくその日は、軽薄な一日だった。
夏のせいか、海のせいか、ビキニのせいか、オザケンのせいか、とにかくその日は、軽薄な一日だった。


今夜はブギー・バック(1994年・日)
音楽:スチャダラパーfeaturing小沢健二

■2007/9/25投稿の記事
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