見出し画像

ウィンクルムの庭

ラテン語できずなを意味する「ウィンクルム」が、キャンパスの中央にある庭園の名前です。ウィンクルムの庭には、校舎の3階とほぼ同じ高さのドイツトウヒの木が植えられていて、今の季節には、地面から木のてっぺんまで連なる約7千個の電飾が点灯しています。そのトウヒの根本から上の方へと光に沿って視線を移すと、冬の夜空に明るく金星が輝いているのが見えます。5時間目が終わる頃には日が暮れて、庭園の照明は足元を照らすライトとツリーのあかりだけです。授業を終えて急いで帰る庭園で、足を止めてツリーを見上げた先に光る宵の明星は、学生たちにどのように見えているのでしょうか。

スマートフォンが普及した今は、いいなと心が動いた瞬間に写真を撮ることができるので便利になりました。学生たちは様々な情景を撮影するので、カメラを向ける先に学生の感動の対象を伺うことができます。風景や草花の写真が多いシニア世代に比べて、友だちの後ろ姿や笑顔の集合写真など、人や出来事の写真が多いのが大学生という印象です。電飾の美しいツリーも学生たちの人気の撮影スポットですが、ツリーの前にいる人が主役の構図になりがちです。こうした撮影対象の世代による違いは、場所やモノゴトにまつわる知識や経験によるといわれます。場所の記憶は、その場所での人々の交流や、楽しい、嬉しいなどの感情と結びついています。ウィンクルムの庭のツリーを見た時に、クリスマスにまつわる知識や経験の多い人は、季節を祝う文化の背景やクリスマスを誰かと過ごした思い出を呼び起こして感動することができます。一方、ツリーと関連する体験の少ない人は、その場所での体験を積み重ねて記憶を形成していきます。そのため、若い学生たちにとっては、人との新しい出来事に関心が向くのでしょう。

卒業した学生たちがクリスマスの街中にいて、ウィンクルムの庭の記憶を思い起こすことがあれば、思い出とともにツリーだけの写真を撮っているはずです。そしてその頃には、誰かの心を動かす庭を自分でつくっているかもしれません。

(京都新聞 随想やましろ 2021年12月24日掲載)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?