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ホラーの楽しみ方

夏の新しい暑さ対策に、ポータブル扇風機が人気です。大学の教室でも、机の上や学生たちの首元に、小さなファンのついた扇風機をこの夏よく見かけました。一方、昔から変わらない納涼が、怪談やお化け屋敷などの背筋が寒くなる体験です。実際に寒気を感じるからというよりも、夏の風物詩のひとつとして怖い体験が楽しまれています。

私は怖いのが苦手なのでホラーは避けたい方ですが、暑さしのぎにたまたま入った寄席で番長皿屋敷の怪談を聞くことになりました。「一枚、二枚、」とカウントが進むにつれて怖さが増してきます。緊張がピークに達しかけたその頃合いで、噺家がポンと扇子を鳴らしてオチを語り出しました。予測をほどよく裏切る展開で、客席の空気を緩めて笑いで包むのに、暗黙に人間の心理をついた職人技が光ります。

怖さが楽しさになる現象を確かめるため、実際のお化け屋敷で行われた研究があります。本格的なお化け屋敷の中を被験者の人に歩いてもらい、暗闇に怯えたりお化けに驚いたりする反応から、怖さと楽さが混ざる娯楽的恐怖の最適な領域をみつけようとする内容です。そこからは一人より大勢の方が怖さと楽しさを強く感じやすく、また恐怖の適当な塩梅がホラーを面白がるのに大切なことがわかりました。お化け屋敷が楽しいのは、鬼ごっこのような遊びと似ているとされます。お化けに本当に襲われるリスクのない安心の上で、何が起こるかわからない怖さと、予測どおりではないギャップを面白がるがホラーの醍醐味です。

落語の怪談は予定調和が適度に約束されているので、低刺激なホラー体験が好みの方にはおすすめです。一方、強い恐怖と楽しさを感じたければ、不確実性と意外性が高い体験を選ぶといいですが、怖すぎると面白くないので要注意です。どちらにしても、怖さを楽しむポイントは、想像の世界と現実の間を行ったり来たりする好奇心にあふれた遊び心だということがわかります。残暑を涼しく過ごすのに、想像のお化けを現実の世界で確かめてクスリと笑うのが、心にも環境にもよさそうです。

*京都新聞(山城版)随想やましろ 2022/08/26 寄稿文

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