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農園さんを応援しよう

袋詰めになった色とりどりの野菜が、レストランの扉の前に置かれています。休日の昼に時々訪れていたレストランがコロナ禍の影響で時短営業となり、いつものメニューの看板の代わりに貼られているのは、「農園さんを応援しよう」という手書きのポスターです。飲食店の休業が相次ぐ中で、野菜の発注を受ける農家への影響も深刻です。生産者への応援と食品ロス削減への一役とともに、無農薬の野菜を買って帰れば、食卓の会話にも彩が増すだろうと袋をひとつ選びました。中には京都の静原の農園で作られたというカボチャや小松菜が入っていて、ビニールの内側についた水滴から新鮮さが伝わります。

無農薬野菜といえば、今までは自分や家族の健康のためにという傾向がありました。しかし最近では、地球環境や持続可能な農業のために購入する人が増えています。ボランティアなどの利他的な行為が増えるのは、社会が豊かになる結果とされます。しかしこのような変化は、一方で矛盾した状況をもたらしました。利他的な思いやりがコロナ禍で広がりつつある中で、悲惨な現状認識や将来への不安がより高いのです。このことは、遠く離れた他の人の苦難への敏感さが利他行動とセットになっているためともいえます。見えないことへの想像は、ともすれば悲観的になりがちなのが人間の本質です。それをよりよい認識に変えるには、実際の体験に基づくストーリーが必要です。例えば、食べて美味しかったという消費者の実感を、感謝を込めて生産者に届ける行為につなぐと、明るい展開を想像させるストーリーになります。「農園さん応援」を企画したレストランは、物語の舞台となる空間を提供した立役者です。良質のモノがあり、心地いい空間をつくり、互いの歓びに貢献する関係を築く、この3点が揃うと豊かさを満たすストーリーが生まれます。デジタル化で目に見えないモノゴトが増える時代に、美しい物語の展開する空間づくりが、飲食店だけでなく、これからの大学や働く場所に求められると思います。

(京都新聞 随想やましろ 2021年5月7日掲載)


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