「千年」という”持続可能性”を肚落ちさせるまで【自然(じねん)の哲学/高野雅夫著】
自然の哲学を読んで、肚落ちするまで
SDGs、と叫ばれて新しい。
SDGsとはご存知の通り「持続可能な開発目標」ですがこの言葉が出てきた当時…わたしはSDGsという言葉を聞いた時に「人間が生き残る(サバイブする)ためにやっておくべきこと」と理解しました。
このままだと人間のリソースがなくなってしまうから、資源を大事にする、そういったことかと思いました。
しかしながら、いま現代のSDGs論を見ていると、「人間がこの資本主義的な豊かさを享受したままに、自然環境や人間の権利などうまく『転がしつつ』、経済成長していくには?」という結論を多くの人が求めているように思えてしまい、それがなんなのかわからないけれど【なにか】が欠落しているように感じていました。
わたしは思案してしまうたちなので、ここ15年くらい、同じようなところー同じ景色のどん詰まりーでぐるぐると考えを巡らせていました。
その間に恵那市にUターンしたり、農業をはじめたり、子供が生まれたり、恵那市内で笠置町に移住(実家へUターン)したり、万年筆屋をはじめたり、そして二人目の子供が生まれ…さまざまなライフイベントが起こりました。
そんななかで、同じ恵那市内の飯地町というさらに高地にある町に移住された名古屋大学の高野先生(名古屋大学大学院環境学研究科・教授)と、パートナーの麻里さんに出会いました。
高野先生はまさに「千年持続学」という分野で地球環境や日本の田舎の持続性について研究されている方です。
高野先生のブログ→ https://blog.goo.ne.jp/daizusensei
麻里さんは福島県飯館村に移住後、旦那さんを亡くされたあと原発事故で被災したものの、その後飯館村に住み続けた経験を持っています。
その後高野先生とともに飯地に移住されました。
麻里さんのnote→ https://note.com/kouyamari
高野先生のブログを読みつつ、勉強させてもらいながら、私自身も自然と共にある暮らしを目指して実際に生活をします。
高野先生が昨年から「紺屋ラボ」という集まりをご自宅で企画されそれに子どもたちと参加していました。
はじめは、アカデミックなものが好きなわたしは実は高野先生の講義が聴けるのではないかと足を運んでいたところもあるのですが、紺屋ラボでは高野先生の畑や森で必要なことをたんたんとやっていくだけ。
田植えをしたり、稲刈りをしたり。
バーベキューをしたり小屋を建てたり間伐をしたり、木の皮をはがしたり、はたまた芋煮会をしたり。
その後、高野先生の著書「自然の哲学」が発売され、庭文庫さんで「自然の哲学お話会」が定期的に開催されるようになりました。
そちらにも参加させていただき、自然とのつながりを求める人、しかし現代の状況とのギャップを感じている人のなんと多いことかと驚きました。
途中でわたしははたと気づきました。
「ああ、高野先生は千年持続学を『肚落ち』させたいのではないか」
頭で「持続可能な」とか「ナチュラルな暮らし」と思っているのと、実践するのはまったく違います。
持続可能に見える自然に即した暮らしは、とても忙しいし体力が必要で、生ぬるいものでは無い、けれどみんなでやると楽しい。
何回もそれを重ねていくと、だんだん「千年」が体の中に入ってくるような気がしました。
そしてあるとき、それは突然訪れました。
あるとき、わたしはピザ生地を伸ばしていたのです。
麺棒で、弾力のある生地をぎゅうぎゅうと平たく。
そのとき、「ああ、これはわたしの自我なのだ」と思いました。
今まで、わたしは「自我」がぎゅっと固く握ったボールのようになっていたように感じました。
「いま、この世界で成功しなければならない」「いま、豊かにならなければならない」「いま、影響力のあることをしなければならない」という風に。
でも、千年、ということを意識すると、自然に想念は自分の次の世代、その次の世代へと広がって行きました。
「わたしたち世代がいまこの時代で成功しなければならない」という個人主義的・利己主義的な思いから、「これまで続いてきたホモサピエンスや他の生物植物の地球の営みが、しあわせに長く続きますように」という祈りに変わったのです。
わたしの自我は薄く延ばされ、平たく過去と未来への軸へ広がって行きました。
「わたし」が今世で成功しなくてもいい、わたしは多くの生命体の一部なのだから、強がらなくてもいいよ。そんな感覚でした。
ここで、わたしが「千年」が肚落ちした日の走り書きを見てもらおうと思います。
当初、以下の文章をnoteにまとめようと思ったのですが、この肚落ちした日の感情の乗り方・エネルギー感がそのまま伝わったほうが良いかなと思い、そのまま載せます。
「千年」が肚落ちした日の走り書き
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千年、ということを肌感覚でわかるまでに(わかりたいと思ってから)
10年くらいかかってしまった。
持続可能な、というのは(その概念自体の適切さは別として)
千年万年保てるか、ということだ。
人間が、生物が、地球が、限界値にならないように
どのように命を存続させていくか。
それは、悠久のときを前にして
とほうもない青写真、
確証の無い地図、
つかんではちぎれる雲のよう。
とおい千年先を見据えていまを生きるということの、
なんと難しいことか。
だってそもそも、自分がまず、急いでしまう。
1年後には(できるなら数か月後には、なんなら数週間後には)結果がほしくなってしまう。
でも、この心持では、持続可能な、なんて言えないだろう。
そう思って、はや10数年。
その間にこどもがうまれ、こどもなんてすぐには育たないのに、
焦る。
子育てしているあいだにみんなが「自己実現」しているように見える。
わたしもはやく結果を出さないと。
そんなふうに考えていた。
そんなわけで右手では「よきことには、時間が長くかかる」ことを意識しなければ、と思うものの
左手で短絡的な成果を求めてしまう自分がずっといた。
さて、自然の哲学。
Uターンしてから里山の文化や、世界の歴史を少しずつ、まがりなりに勉強してきて、
そのなかで高野先生の「千年持続学」という概念に出会った。
概念はわかるし、千年、といえば聞こえはいいが、
資本主義に飼いならされたわたしの脳みそではおよそ納得がいかなかった。簡単に、千年、が腹落ちしないのだ。
千年を意識するということは、すなわち自分が薄まるということだ。
希釈されたい自分と、濃度の濃い人生を他者に見せたい自分が、解離している。
ここ2年ではコロナ禍やウクライナ問題があった。
人の意見をいろいろみてきたなかで。
「誰も予測できてないしみんな間違っていた。そして多くの人は騒ぎ立てたいから無責任な予測をする」ってことがわかってきた。
ある人は「コロナなんてない」と最初に言い、
またある人は「コロナは今年いっぱいで終わるだろう」と言い、
また違う人は「ロシアは開戦などしないだろう」と予言し外れた。
ある人は「これは陰謀だ」と言って、
数年後にそれが間違っていた(間違っていたというか、時事はそんなにシンプルでは無いと思う)ことが冷静になるとわかり…
なんだか最近そういうことが増えた。
これでわたしが学んだことは、「短期的に評価を下そうとすると人は確実に間違う」ということ。
それと、「短いものは刺激的だが刹那的でリソースを無駄遣いする」という気づきがあった。
特にITではそうだ。たとえばTiKToK。Twitterもそうだ。
実際はどうだ。
コロナ対策にしろ、政策にしろ、生き方にしろ、100年後くらいにしか意義はわからないものばかりだ。
いまわれわれは多様性とか、自然を大事に、とか叫んでいるけども、100年後、千年後からみたら、どうなのか。
正直わからないことばかりだ。
だからといって1年で成果がでないものはダメだ、という判断を下すやりかたは短絡的だ。
なにごとも最低でも30年くらい続けていないと、意義というものは見えてこないのだろうと思う。
トレンドが2年ごとくらいに変わり続け、アルゴリズム上「刺激的なものを」「より短期間に」「より多く」というものが求められるSNS。
資本主義的の最たるものが、いまのSNSにはある。
それに打ちひしがれてきた、世の中の吹き溜まりを、ここのところ注意深く見てきた。
反対に、「よりしみじみするものを」「より長期間で」「より小さく」
というSNSにはならないだろうか。SNSでは難しいのかもしれない。
ぼくたちのやっていることの意義は30年後に、わかるだろうーと平林さん(笠置山のキャンプ場で子どもキャンプなど色々実践されている方)が言ったとき、わたしはとても希望に思えた。市井のひとの日常の積み重ねが、歴史なのだ。
そうだ、わたしたちはやっていることの意義を1年後にわかる必要はなく、かといって、みだりに刹那的にさえ生きればいいのではなく、リアルに千年後、一万年後を感じながら、今を、未来を見据えつつ生きればいい。
うん、これだ。
この感覚が大事だ、
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わたしの走り書きは以上です。
自然の哲学は、もしかしたら読むだけでは「肚落ち」しないかもしれません。
実際に里山に足を運び、自然から恵みを受けて、自然に還す、その循環を何度もさせなければ、深くこの哲学を知ることはできないのではないかと。
都会にいて難しいという人は、公園で銀杏を拾うもよし、野菜を庭で育てるもよし。でもたまに、里山のことを思って、里山のことを知って、できれば遊びに来て欲しいのです。
自然の環のなかへ、
Special thanks to 高野先生 麻里さん!
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