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個性を発見する旅ー『デジモンアドベンチャー』

ひさびさに「デジモンアドベンチャー」を再鑑賞して、全く別のタイチ達の物語が見えることに気がついた。
21歳になった僕の目に映ったのは、個性を発見せんと捥がく、彼らの「通過儀礼の旅」だった。

子供の頃の僕にとって『デジモンアドベンチャー』は、なによりも「ワクワクする物語」だった。

DVDプレイヤーなんて家にはなかった、少年時代。なけなしのおこづかいを使って、錆びれたレンタルビデオ屋で、ビデオテープを借りた。
そして一目散に家に帰って、居間のテレビで再生すると、そこには最高に「ワクワクする物語」があった。

人のように喋るデジモン達。見たこともない異世界、デジタルワールド。
そこに次々に現れる難敵。そしてそれを乗り越えていく、選ばれし子供達とデジモン達の成長。

その全てに心が躍り、子供だった僕はテレビを食い入るように見つめていた。

ただ、どうしてだろう。21歳になった今、タイチ達の姿を見てみると、不思議と胸が痛い。
たしかに、昔の僕にとってデジモンアドベンチャーは「ワクワクする物語」だった。
しかし今の僕には、名づけられた「個性」にふさわしい人間になろうと捥がく、彼らの苦悩が見えてしまう。
そのことが、どうしようもなく僕の胸を痛めさせた。

「個性」。
それはデジモンアドベンチャーにおいて、テーマともなる概念だ。

思い返してみると、タイチ達はいつも「個性」と向き合っていた。いや、向き合わざるを得なかった。

デジモンアドベンチャーでは、それぞれの個性に合った紋章が渡される。その紋章を発動させなければ、完全体から上への進化はできない。それは強大な敵に打ち勝てないことを意味する。
だからこそ、彼らは自身の個性について悩んだのだ。では、彼らの個性とはなんだったろう?

タイチは「勇気」
ヤマトは「友情」
タケルは「希望」
ヒカリは「光」
空は「愛情」
光太郎は「知識」
ミミは「純真」
丈は「誠実」

この個性を司る紋章を、どうやったら光り輝かせることができるのか。彼らは悩みながらも答えを指し示してきた。

その答えとは、「仲間」の存在だ。
彼らが紋章を光らせることができたのは、いつも仲間のためだった。
そのことに気づいたのは、タイチが最終回でこんなことを言っていたからだ。

ひとりの紋章はみんなのために。
みんなの紋章はひとりのために。

この言葉に、はっとした。
ああ、そうか。人は1人では、自分の個性などわかるはずがないのだ。

個性とは誰かと関わり合う中で、助け合って、傷つけあって、たくさん間違えながら、かろうじて見えてくるものだ。良くも悪くも誰かと関わることでしか、個性など発見できないのだ。

タイチが、間違った蛮勇を奮ってしまったり。
ヤマトが友情を忘れて、独りきりだと思い込んでしまったり。
そういうたくさんの間違いを経て、「自分だけのため」ではなく、「大切な仲間のため」ということを忘れずにいたら、個性は自ずと光り輝く。

タイチ達はそのことを証明してきた。
仲間と関わり合う中で、どうやったら助けられるか、守れるかを必死に考えた。そうして真の勇気や友情といった「自分の個性」を見つけたのだ。

人は1人では立っていられない。そんなこと、至極あたりまえのことだ。
それでも、バラバラだった彼らが自分の個性を見つけて、本当の仲間になっていく姿に、僕は心を打たずにはいられなかった。

現代の若者、私も含めてだが、「自分らしさ」というものの獲得に、躍起になっているような気がする。
人とは違う何者かになりたくて世界一周をしてみたり、カンボジアに学校を建ててみたり、アメリカ大陸をヒッチハイクで横断してみたり。日常では得られない経験はできるだろうけど、それで自分らしさが見つかるのだろうか。

「自分らしさ」とは、そういう特別なことをしなければ得られないものではないんじゃないか、と思う。
本当に世界一周をしたい人はそれでいい。だけど、「自分」を探して世界を一周しても、見えてくるものはないと思う。
ヤマトがガブモンと自分探しの旅に出ても、何も見つからなかったように。

僕は「自分らしさ」とは、もっと日常に近いものだと思っている。タイチ達が仲間との関わり合いの中で自分の個性に気づいたように、人との「日常のつながり」の中に自分らしさが宿るのだと思う。

人・社会と自分の、日常のつながり。そしてそこに存在する、譲れない思いや好きなこと。
例えば、どんな友達が好きか。どう友達に接してきたか。嫌いな人はどんなやつか。
そんな「つながりの土台」を自分らしさと呼ぶのではないのか。

そして自分がどん底に落ちてしまった、そんな時。
人や社会との「つながりの土台」さえ思い出せれば、いくらでもやり直せる。そんな無敵の人間になれるのだと思う。
タイチ達がどん底からいつも這い上がれたのは、「つながりの土台」と、つながる先の大切な人を忘れなかったからだ。

僕には自分の土台がなんなのかは、まだわからない。いまだに失敗だらけで迷ってばかりの人生だ。
だけど、もう一歩、踏み出してみよう。人と関わってみよう。やりたいことに、チャレンジしてみよう。

まずは、足跡をつけること。

僕がつけた日常の足跡が、社会や人とつながる「個性」となっていくはずだから。

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