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129#12月 Might Be Stars

「チー、ベーグル食う?」
「うん……ありがと」
 シャワーから出ると、パンの焼けたいい匂いがしていた。
「サーモンとクリームチーズのベーグル」
「美味しそう……」
 ショートパンツとTシャツを着て、まだ髪の濡れたままのロッシを、キッチンの入り口から眺める。
 ああ……ああ……。
「ん? どした?」
「ううん」
「なんだよ」
「ううん」
 私がミミコみたいに愛らしい性格だったらって、心から思う。
 それに、家の中でいつもジェイミーと桃はずっとくっついている。まるでふたりでひとつの生き物みたいに。もうそれが当たり前の光景になっていて、私だってそれを見て微笑ましくて温かい気持ちになる。
 それに、今なら2人の気持ちがすごく分かる。ジェイミーは世界を飛び回っているから、何週間も離れていなきゃいけない時もある。だから、一緒にいられる時間がすごく大切なんだって。
 だけど私自身は、心が動いても直感的に体と連動しない。頭で考えて勇気を出して覚悟を決めてからじゃないと出来ないなんて。いちいち面倒すぎると思う。
「こっち来な、食べよ」
 ロッシは突っ立っている私を不思議そうな顔で見ながら、ダイニングテーブルに手招きする。
「うん」
 ロッシに向かって一歩ずつ足を進めて。
「お、おお、どした?」
 私は頭のスイッチをオフに出来ないまま、ぎくしゃくとした動きで、ロッシに体を押し付けて体重を掛けた。ロッシに自分の体を預けて、その体に腕を回す。
 頑張って勇気を出さなきゃ出来なかったけれど、ただ、ロッシの事が愛しくて堪らないって気持ちが急に溢れてしまって。どうしていいのか分からなかったから。
「チー?」
 ロッシは私を受け止めて、髪を撫でてくれる。
「チー、どうした?」
「なんでもない」
「ほんとに?」
「うん。ただ、ただ……」
「ただ?」
「……こうしたかっただけ」
「ほんとか?」
「うん」
「なんだよ……」
 そう呟いて黙ったロッシを見上げると、ただ、にこにこと笑っていた。
「なに」
「いや……反則じゃね?」
「な、にが」
「こんな風になるとは思ってなかった」
「えっ……」
 その言葉が良くない事なんだと思って、腕を緩めて直ぐに離れようとした。だけど、腰に回された腕にグッと強い力で阻止されてしまう。
「こんな、こんな可愛いとか聞いてない。俺の事どうにかしたい訳?」
「はっ?」
 力を込めた腕で私を捕まえたまま、ロッシは責めるような口調でそんな事を言う。
「意味分かんないんだけど……嫌なら、もうしない、いわない、」
 揶揄うように笑われて、なんだか恥ずかしくて、いたたまれない。ロッシが友達みたいに振る舞いたいなら、それに合わせるのべきだって思う。
「ハッ? 何言ってんだよ。最高に良いって言ってんだよ。分かる? 俺の想像の何倍も、ってか想像も出来なかったくらい最高に可愛くてたまんねえって言ってんの。分かる?」
 だけど、ロッシの口から飛び出して来たのは、思っても見ないような事だった。
「わ、わ、」
 そんな風にハッキリ口にされたら、もちろん分かった。だけど分かるって口にするのすら恥ずかしい。
 ロッシが大好きなサッカーチームや選手の事を熱く語る時と同じ形容詞を幾つも使って、それ以上の熱量で語っている。それが、私の事だなんて。
「はあー、俺幸せなんだけど? マジでどうすんの? こんな幸せでいいのかよ」
 独り言みたいにぶつぶつ小さな声で呟いている。それを聞いているだけで、私だって幸せで、ちょっと恥ずかしくて、どうしたら良いのか分からなくなってしまう。
 私が気持ちを話したり行動に出すだけで、ロッシが幸せになるなんて。
 それだけで、好きな人を幸せにできるなんて。
 言葉や気持ちを出し惜しみするなんて、馬鹿だって思った。
「私もめちゃくちゃ幸せだよ。ロッシありがと」
 私はもう一度腕を回してぎゅっと力を込めて抱きしめる。
「はあ……チー、なあ、もっかいベッド戻らね?」
「何言ってんの、お腹空いたって」
 切ない声で囁かれても、私はもう可笑しくなってしまって、声をあげて笑った。
「なあなあ」
「ちょっと、一旦落ち着いてよ、ベーグル食べたい。作ってくれたんでしょ? ね?」
「うん……そだな」
 ロッシは渋々力を緩めて私を開放してくれた。

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