131#12月 Might Be Stars
クリスマスギグ 桃香
久しぶりのスナッグでのライブ。みんなクリスマスは家で過ごすことが多いから少し前の今日、クリスマスパーティーを兼ねたオールナイトイベントが行われることになった。私たちの他にもたくさんのバンドが演奏するし、夜中からは何人ものDJが出演する。
ここ一週間降り続けた雪が積もっていて、私たちはほとんど泣きそうになりながら、2回に分けて機材をスナッグに運んだ。ジェイミーも忙しい仕事の合間を縫って、今日は来てくれることになっている。
私はどうすればジェイミーがみんなにバレないか必死で考えて、めがねや帽子をあれこれ試してみたけれど、結果、どれもジェイミーはかっこよく着こなしてしまって、変装にはならなかったから諦めることにした。もちろん彼女の贔屓目なんかじゃない。ジェイミーは知り合う前からずっとかっこよかったし、ずっとスターだった。
だけど初めてスナッグに来た時だって、気が付いたのは私だけだったし、問題無いだろうっていうことになった。そもそも、気にしているのは私だけで、ジェイミー本人は大して気にしていない所がもどかしい。
「モーはキャップスのファン過ぎるからなあ」
なんて、笑うだけだ。
それでもジェイミーは私の試行錯誤を面白がって、度の入っていない黒ぶちめがねを気に入って持って帰った。
スナッグには、私たちの大好きな人が全員集まっていた。
ジェイミー、アンディ、それにもちろんロッシ。エレンはまたはるばるこんな遠くまで来てくれたし、リチャード、ティムとメルのカップル、それから、ソックスのダニーにジェフリーチューブのオーナー、サイモン・ローランドまで来てくれた。レコ評のお礼を兼ねて招待状を送ってみたら、来るはずが無いと思っていたのに、イベントの開始時間ぴったりに、フロアにいた。
リチャードは友達と来たのか、同じくらいの歳の男の人と楽し気に話していた。
それから徐々に増えて今では総勢40人ほどになった顔見知りのお客さんたち。前の方にいる人たちにはほとんど見覚えがあった。
それから他のバンドを見に来た人たち。フロアはたくさんの人で埋め尽くされていて、外とは全く違うむっとした熱気に包まれている。
ジェイミーは次のアルバム製作の為のリハーサルを終えて、ぎりぎり時間に間に合った。昨日持って帰っためがねを掛けていて私は口元が緩むのを抑えられなかった。
なにもかもが素敵だった。
薄いブルーのライトに包まれたステージの上から、信じられない気持ちで見ていた。全てを無くしたと思った五年前のあの夜、まさかこんなに最高の未来が待っているなんて、想像すらできなかった。
右側にいるミミコを見る。ミミコもフロアを遠い目で見ていた。振り返るとチコが笑顔で私を見ていた。
私がチコの方に歩いていくと、すぐにミミコも隣に立った。
「なんか私泣きそうなんだけど」
ミミコは濡れた黒目がちな目でそう言った。
「あはは、私も」
意外にもチコまでそう言った。
「なんか、幸せだよね」
私がそう言うとふたりは深々と頷いた。その時チコの頭の上にあるライトが、2回瞬いた。
私たちが驚いて振り返ると、ステージと反対側のフロアの一番奥にある音響ブースで、デイヴィスの隣に立ったロッシが笑っていた。『待切れない』の合図だった。
スナッグでは最近ロッシが照明を担当してくれるようになった。
前もって完璧な打ち合わせがしてあるから、ティムに負けないような完璧なミルレインボウ好みのライトで私たちを盛り上げてくれる。
もちろんロッシはいつも照明を担当している訳じゃない。ミルレインボウ専属で、その間カウンターで一人になったベンに後でたっぷりと嫌味を言われる事になる。だけどロッシはそんな事は全く気にしない。
ただチコの笑顔が見たくて、私たちの為に何か力になれることはないか、考えてくれた結果だった。
「じゃ、いくよ」
私はしっかりと頷いて、少し汗ばんだ掌をキャミソールの裾で拭うと、ピックを持ち直した。
始めに鳴らすコードの弦を左の指で押さえて、合図を待つ。
「ワン、ツー」
チコが笑顔でそう声を挙げた瞬間、私たちはまばゆい光に包まれた。
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