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130#12月 Might Be Stars

「そいや、日本で友達とか、会えた?」
「友達? ううん、会ってない。元々少ないし、私の一番の親友は桃とミミコだしね」
「……あれは? 前に一緒にバンドやってた」
 その声の抑揚で、なんとなく分かってしまった。ロッシが何を聞きたいのか。

「ムネとは会ってないよ。連絡したけど予定が合わなくて。ライブ見たかったんだけど……それに、ただの友達だからね? 会ってもロッシの心配する様な事は1つもないんだからね」
「……うん」
 ロッシは小さく呟いて頷いた。納得したようには見えない。
 ムネの事は、随分前に話した事があった。私がミルレインボウに入る前に何をしていたか、みたいな話の流れだった気がする。今もたまにメールで近況報告をするって話も。いつ話したのかも覚えていないけど、ロッシにはそれが重要で、覚えていたのかと思うと、何だか、心がさわさわする。
 悪いざわざわ、ではなくって、さわさわ、だ。
「ヤキモチ?」
「ああ、そうだよ」
「会ってもないのにさ」
 ロッシに対する愛しさが込み上げて、堪らない気持ちになる。
「だって……俺だって、チーにとってはただの友達だったろ? ずっと」
 ロッシは伺うように私を見る。そう言われるとその通りで、なんて返せばいいのか分からなくなってしまう。
「そう……だったけど、今は違うって、知ってるよね? ロッシの事、好きって、伝わってるよね?」
 ロッシの不安を全部消してあげたいけれど、私じゃ力不足すぎる。もう一年近くも会っていない友達ですら心配になってしまうなんて。この気持ちの伝え方が分からない。
「結局、ほとんどひとりでぶらぶらしてたんだよ。寂しかった、次行く時はこんなに急じゃなかったら、ロッシも一緒に行こうよ」
「うん、行く、絶対行くっ」
 ロッシはうんうんと頷いた。
「会えたのは悠人だけだったな、ミミ、」
「誰、それ」
 私の話を遮って目を見開いている。その眉はぐんと下がっている。そんな悲しい顔をする必要なんて勿論無い。
「ちゃんと話聞きなよ、ほんと」
 私はロッシの脛に爪先でツンツンと触れた。
「だってさ」
「悠人はミミコの弟だよ。まだ大学生でね。あの家族はすっごく仲良くてね。昔から弟もよくライブに来てたし私達も可愛がってたんだよ。私が帰るって聞いてミミコに持って帰って来て欲しいもの急いで集めさせてさ。私が届けてあげたんだよ。代わりに私たちもいろいろ貰ったし。あっ、あとミミコの両親にもご飯食べさせてもらったよ」
 今思えば、あの日が一番リラックスして楽しめた日だったのかもしれない。
「へえ……ミーの弟か」
 ロッシは私の話を遮ったのが気まずかったのか、なんだか恥ずかしそうに、もじもじしながら呟いた。
 本当に、可愛いとか思ってしまう。


 その後、他愛もない話をしながら、ベーグルを食べた。向かい合ってダイニングテーブルに座っていると、ロッシが何度も私の足をツンツンと触ってくる。
「なに?」
「べつに」
 それに、ジリジリと焼け付くような、熱い眼差し。
「だから、何?」
「ううん、なんにも……チー、ジェットラグは?」
「んー、眠いんだ、ほんとは」
「だよなー、なら昼寝すれば良いじゃん」
「え?」
「俺付き合うよ」
「せっかくの休みなのに? 私家帰って寝るよ」
「は? それはダメだ」
「そうなの?」
「そうだよ」
 そう言うと、ロッシは立ち上がって私の腕を掴む。
「え? なに?」
 手を引かれるまま着いていくと、ベッドだった。
「へ?」
「ほら、ベッド入って寝な」
「え?」
 ロッシは私をベッドに促すと、布団を掛けてくれる。
「ロッシは?」
「直ぐ戻るから、寝てな」
 そう言うと、私の頭をポスポスと撫でた。強引だなあって思うのに、そういう優しさが、今はすんなりと染み込んで来て、素直になると自然と流されてしまう。
 誰にも頼らずに、寄りかからずに、近づき過ぎないように……そんな風に意地を張って来た自分は、一体何処に行ってしまったんだろう。
 消えた訳じゃなくて、知らない間に少しずつ変わって来たのかもしれない。
 そんな自分の事が嫌じゃないのも不思議だ。

 大人しく布団に入って耳を澄ませていると、キッチンから水の音が聞こえて来た。ロッシは今使ったお皿を洗ってくれているらしい。
 ロッシがあまりにもいい彼氏過ぎて、自分はどうなんだと思えてくる。
 せめて、ロッシをがっかりさせないように、ロッシが私のせいで悲しくなったり傷ついたりしないように、努力しようって心に誓う。

「寝てなかったんだ」
「うん、待ってた」
「え?」
「ほら、早く来て」
 私はさっきの誓いを守ろうと、心に浮かんだ言葉を素直に口にした。
「チー、なんだよ、もう」
 ロッシは照れたように笑うと、私の隣に潜り込んで来る。私はその体に腕を巻きつけて、ぎゅっと抱きしめた。
「どうした? チー」
「ロッシ、会いたかったよ。それに、今までも、今も、いつもありがとね」
「なんだよー、なんだよなんだよ」
 ロッシはそう言いながら、私の体に腕も脚も巻きつけて羽交締めにする。
「苦しい」
「あはは、俺の愛の強さ」
「そうなの? 幸せ、苦しいけど」
 ロッシに包み込まれて目を閉じると、その体温になんだかホッとして。急に眠気が襲って来た。

「あー、最高の休日だなあ」
 頭の上から、そんな声が聞こえて来た。

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