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132#12月 Might Be Stars

 ハウ ハイ? 実果子

 なにもかもが完璧に思えた。そのくらい、最高のライブだった。
 ライトに照らされて、みんなの顔がはっきりと見えた。1曲目の『G・O』に握りこぶしを上げる人、『ブルースカイ』を一緒に歌ってくれる人。よく見る顔の人だけじゃなくて、フロアの奥、ロッシのいるブースの方まで、ちらちらと上がる手が見えた。
 スナッグはすごく小さい。今までライブをしたどのライブハウスよりも。それでもそんなことは関係なくて、私は本当に手ごたえを感じた。
 私たちが発信するだけじゃない。フロアからなにか物凄いパワーが返ってくる。
 いつもシャイな常連さんたちも、その熱に乗せられてかいつもよりも激しく体を揺らしていた。
 私はそれに負けるもんかと思って、腕をしっかり動かして、気合いを入れてコーラスをして、それからいっぱいジャンプした。
 桃ちゃんの歌にもチコのドラムにも力が漲っていた。ふたりが私と同じ事を考えているんだってすぐに分かった。
 今までで一番の出来だった。
 こんなにも気持ちのいいライブは、生まれて初めてだった。
 ライトが消えると、私たちは黙々と片付けをしてすぐにバックステージに入った。
 ドアを閉めて外の音が遮られた瞬間、3人とも一斉に絶叫した。
「すごかったよ! ね、ね、なんかすごかった、」
 私は興奮しすぎて自分でも何を言っているのか分からなかった。
「今日のお客さん最高だったよ! それに私たちも最高だった!」
 めずらしくチコが自分たちを誉めた。
 ミルレインボウ最高、って言うのは絶対に私かももちゃんで、いつもチコはそれに静かに頷いているだけだ。
「見た? ジェイミーがアンディの隣に立っててね、2人揃ってめがねだったから、私笑い堪えるの必死だった」
 私がももちゃんの顔を見て言うと、ももちゃんは微笑んだ。
「それも結構前の方にいたでしょ? あれ昨日気に入って持って帰ったの」 「で、ジャンプしすぎてメガネ飛んだんだよ! 見たッ?」
 最後にチコがそう言った瞬間、私たちは一斉に爆笑した。息が出来なくなって、お腹がちぎれるかと思うくらいだった。
 私たちは途切れることなく、最高にハイになって喋り続けた。

 ビューティフル 衣知子

 散々喋った後、やっと咽がカラカラな事に気が付いてフロアに戻った。張り切ったせいで、練習で2時間叩いた時以上に体がだるい。ライブの後はいつだってこうだ。
「ロッシ、ありがと。照明最高だったよ」
 カウンターの中でビールを注いでいるロッシの背中に声を掛けた。
「チー、今日はほんと最高だったな。ほんとクールだった、それに、すげえ綺麗だった」
 振り返ったロッシは笑顔でそう言って、私の隣で待っていた男の人にビールを出した。私はそっちを見ないようにした。きっと彼は私を見て、どこが綺麗なんだ? とか思っているに違いないと思ったから。
 私はまだロッシが誉めるのに慣れない。
 ライトに照らされて汗だくで、後半は苦しくなって歯を食いしばっていたはずなのに、それのどこがビューティフルなのか。ロッシの美的感覚は疑わしいと思う。だけどロッシの顔を見ると、本気でそう思っているのが分かる。
 そしたら、胸の中で炭酸がしゅわしゅわと弾けるような感じがした。
 私も普通の女の子だったんだと、最近気付いてしまった。
 前は、そういう人とはタイプが違うんだと思っていた。ミミコとも桃とも。だけどそうじゃなかった。それに、そう分かって内心ほっとしている自分がいることにも驚いた。
 ただ、私はひねくれていただけの事だった。
 何も言わないうちに、ロッシは私の前にミネラルウォーターのボトルとジントニックを並べて出してくれる。
「ありがとう」  心の底からそう思って言った。
 するとロッシはカウンターの中から半身を乗り出して私にキスをした。 「ロッシ!」
 私が怒ってもロッシは満足そうな顔で私の汗で濡れた髪をぐしゃぐしゃにする。
 ロッシはいつだって、人前でもどこでもキスしようとしてくる。ロッシにとってはそれが普通で、イギリスではそんなこと誰も気に止めないんだとしても、私は気にするし慣れない。だから私はなるべくそれを阻止することにしている。  だけど、ロッシはそれもゲーム感覚で楽しんでいるから、ときどきふいを突かれてしまう。
 ベンに睨まれて真面目に仕事をし始めたロッシを眺める。
 1週間後に日本から戻ると、ロッシはまたまた別人に変貌していた。悪い意味じゃない。ただ、私たちの誰も彼氏バージョンのロッシを見たことがなかったから、意表を突かれただけだ。ロッシが恋人にどういうふに接するタイプなのか知らなかった。
 いつだって隣に立つ時はほとんど私にぴったりとくっついているし、ロッシの気分次第では片手が私のジーンズの後ろポケットに入っていることもしばしばだ。
 ソファでの定位置は私の後ろだし、私の首の後ろに鼻をすり寄せて眠るのが大好きらしい。
 もちろん嫌じゃない。私はそんなロッシがすごく愛しくてたまらない。  そう再確認するたびに、心の中にぽっと明かりが灯る。
「よお、やるじゃん」
 見上げると、リチャードが笑顔で立っていた。
「やっと生で見れたよ。うん。思ってた以上だったな」
 リチャードはもじゃもじゃの髭を撫でて言った。
 やるじゃん、がキスのことじゃなくてライブのことだと分かって、ほっとした。
「ありがと。今日は最高の出来だったんだよ」
「だろうな。ああ……最高だったな。なんか俺も久々に熱くなったな。それに昔の知り合いにも会えたしな」
 リチャードの視線の先には携帯電話で話しながらドアを出て行く男の人がいた。さっきまでリチャードが話していた人だ。
「一緒に来たんじゃないの?」
「ああ……まあ……これからだな。がんばれよな」
 リチャードは意味ありげに笑って私の肩を叩いた。
「うん? うん」
 何のことを言われているのか分からなかったけど、とりあえず頷いた。  リチャードがロッシにギネスを注文して、私は少し離れた所にいた桃とミミコの元へ向かった。ジェイミーとアンディのめがねコンビも一緒だ。


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