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Lonely

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加筆修正を大幅に加え、書き下ろしもつけたものを、コミティア123にて頒布予定。
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新刊届きました。
ブロマンスSF純文学です。
公開しておりましたLonelyを下書きに、倍以上のボリュームでお送りします。78ページ、700円。既刊はプロローグのみ在庫切れですが間の2冊あります。既刊含め通販承り中。よろしくお願いします。

-白紙と安寧

 彼は夏の暑さで憂鬱な顔をして、汗で首元に髪をはりつけて、じりじりと鳴く蝉の声に内側から炙られながら、冷たいアイスクリームを食べるのが好きだった。きっと彼自身はそんなこと意図してもいなかったのだろうけれど、私がペットボトルの飲み物を買って行った時と、それにアイスも買って行った日とでは、目の輝きが違っていた。
 彼はその暑さを鬱陶しいと言いながら、それでも愛しているようだった。たしかにそれを鬱陶しい

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白紙と安寧

 崩壊の足音は、雪の降る音だ。
 冬が来て、街が死んだ。徐々に死につつあった人間たちは、街が死ぬ頃にはほぼ死に絶えていた。
 世界の終わりは、今までに何度も、映画や漫画、小説で見てきた。その終わりはどれも劇的で、涙を誘いさえしたし、時には「次の世界」への希望すら持てるものだった。

 現実は、残酷だ。
 終わる世界には何もない。
 しんしんと降り積もる絶望が、心を凍らせる。
 次の世界なんてあ

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--少女、ひとり

 ふとモニタに視線を戻すと、私がジョンドゥの声に混乱していた間にも――当たり前だけれど――時間は過ぎていて、モスグリーンの人影は「彼」の隣に座っていた。
 あぁ、そうだ。「彼」のことは、私が守っていたんだ。けれどもう守れなくなったから、だから。

 「守れなくなった、と、自分を責める必要はないさ。すべてがなるようになった。当然の帰結なんだ。」

 まるで、私が何をどうしようと同じであったか

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-少女、ひとり

 その声は確かに聞こえるけれど、私の回線は随分前に切られているはずだ。
 この部屋にきてすぐに切られた回線。もう外部との通信は必要ないと、するべきでないと、そして何よりも、私はもう世間様にとっては存在しないものと同じであると思い知らされたそれから、声が聞こえた。
 私はまだ生きているのだ。と、場違いな感慨が湧いて出た。
 切られたはずのその回線を利用できる人間がいるとしたら、それはきっとこの部屋を

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少女、ひとり

 灯りを落としてから、どれだけが経ったか分からない。もう死ぬのだと覚悟を決めて、それから。暗い部屋には相変わらず、モニタの中の真っ白な景色が映っていた。
 私の手を離れ誰かに渡されたそこには、もう、何もない。
 守りたかったものの、大切に思っていたものの亡骸を無意味に眺めさせられているというのに、私のこころは意外にも穏やかだ。
 そこは、私の玩具箱などではないのだと分かったから。ようやく実感を伴っ

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--遠く、遠く

 きっと消失を目の当たりにした人間は皆、私と同じような状況に陥ったのだろう。騒ぎ立てることもできないほどの圧倒的な虚無感。あの人が消えた、だの、いなくなった、だの、言い方は山ほどあるけれど、そのどれもが言葉にしようとするだけで、あの時の記憶を掘り返し心の傷に塩を塗りこめる。
 関係者以外の誰にも気に留められることなく、そして、関係者は誰もが忘れようとするほどの衝撃を与えるには、きっと「目の前で消し

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-遠く、遠く

 ぼんやりとした白ばかりの視界。
 私の前に道はない。私の後ろに道はできる。
 いつだか何かの本で読んだ文言がそのまま、今の光景に当てはまる。目の前にはただ真っ白く、どこに側溝があるかも分からない雪ばかりが広がっていた。
 私の散歩の目当ては、コンビニエンスストアへ行くことだった。

 今はもう、あの頃の異様とは比べ物にならないほどの異様が、街を覆っている。雪のように。それは当たり前の顔をして

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遠く、遠く

 季節は過ぎ去った。
 赤や黄色にとりどり染まった街路樹の葉はすべて散り、その腐葉土の匂いすら、降り続く雪に圧し殺される。穏やかに、いつもと変わらないような顔をして流れて行く日々、世界にとって私ひとりの人生など他人事。
 街にはもはや、誰一人として人影はなく、話し声も、冬への反抗、雪かきの跡も、足跡ひとつも、みられない。

遠く、遠く

 すべての始まりはあの秋だったように思う。
 見も知

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