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障害に関わる親が子離れできない問題

障害のある子どもを育てる親の社会的障壁の1つに親が子離れできない問題がある。

原因は様々だが、子離れできない原因の1つに貧困化がある。貧困は深刻な社会問題の一つであるが、障害に関わる親の場合、育児環境の影響を受けて貧困化へと至るケースがある。


親が子離れできないと、子どもの自立機会が失われる。

一般的に子どもよりも親が先に亡くなるので、親亡き後のことを考えると、子どもが自立できるように、親は出来る限りの支援をする必要がある。きょうだいがいる場合には尚の事である。

この記事では、親の子離れできない問題を通して、障害に関わる親の社会的障壁を考察していく。


障害者の親はふつうに老いることができない

2020年7月に起きた、17歳の息子を手に掛けてしまった母親の痛ましい事件は、決して特殊な環境下の出来事ではない。

この事件が貧困を原因としているかどうかは言及されてないが、育児の疲労困憊を原因とすることは想像に難くない。

疲労困憊となるまで育児に立ち向かった母親と、そんな彼女を救うことができなかった社会、そして社会を構成する私たち一人ひとりの無念さだけが残る。


子どもが生まれた頃は元気だった親も、子どもが成人する頃には多少の衰えが出ている。人間なら誰しも感情に起伏があり、辛いことが重なると心身ともに疲弊してしまうことは十分に起こり得る。

老いた体で成長した我が子と過ごす高齢親の悲痛な現実は、児玉真美 (2020) による『私たちはふつうに老いることができない』を一読することで目の当たりにできるだろう。


貧困化の原因

冒頭にて、親が子離れできない原因の1つとして「貧困化」を挙げた。『障害者の経済学』の著者である中島隆信 (2018) によると、貧困化の原因には「退職」と「離婚」の2つがある。

障害児が生まれたことをきっかけに、仕事を辞めざるを得なくなったり、夫婦関係をめぐるさまざまな問題が表面化して破綻を招いたりしたことが貧しさの原因なのである。

中島隆信(2018)
「第2章 障害者のいる家族」
『新版 障害者の経済学』

注意すべきは、貧困それ自体が問題ではない。親の貧困化によって、子が受給する福祉サービスに親が依存する構造が生まれ、親が子離れできなくなることが問題である。

そもそもで親が経済的な貧困ならば福祉で支援すれば良いだけであり、実際に、手当支給をする福祉サービスはいくつか存在する。

親の離婚や退職で世帯収入が減ったとしても、以下に挙げる福祉サービスによって生活はできる。ルールや支給額は2022年時点のものだが、これらは定期的に改定されているので詳細はリンク先を参照されたい。

  1. 特別児童扶養手当

    • 精神又は身体に障害を有する20歳未満

    • 1級 52,500円/月、2級 34,970円/月の支給

  2. 障害児福祉手当

    • 常時の介護を必要とする20歳未満
      (20歳以上は「特別障害者手当」となり支給額も変わる)

    • 14,880円/月の支給

  3. 障害年金

    • 「障害基礎年金」と「障害厚生年金」の2種類

    • 保険料を納付している、又は免除されている必要がある

    • 1級 976,125円/年、2級 780,900円/年をベースに、子の加算など様々な条件が加わる

厳密には「特別児童扶養手当」を除く各手当は当事者に支給されており、親には支給されていない。体裁はなんであれ、子どもが未成年ならどの手当も親の管理下に置かれることには変わりない。親はこれらの手当も駆使して日々の生活を工面する。

このような手当は、一見すると社会的弱者に対して福祉サービスが機能しているように見えるが、その実、子どもの成人後に親が子離れできない問題が隠れている。


親が子離れできない原因

現金支給の福祉サービスは、それ自体が悪いわけではない。このサービスによって、多くの家庭が救われているし、親も子も共に自立しているケースは多くある。

親が子離れできない問題においては、「経済的要因」だけでなく「精神的要因」もあり、それぞれ分けて考える必要がある。前述の『障害者の経済学』でも、親が子離れできない心理的ハードルとして以下2つを要因として挙げている。

  1. 共に過ごす時間と共に、子育てに関するこだわりの強まり

  2. 血縁によるコミットメントの影響力

このような心理的ハードルによって親の価値観が形成される。貧困化までのプロセスを「経済的要因」と「精神的要因」の観点で考えると、以下の4つのステップに整理できる。(括弧内は例)

  1. 価値観 (親としての責任感)

  2. 感情 (苦しいけど頑張らないといけない)

  3. 行動 (退職や離婚)

  4. 結果 (貧困化により子離れできない)

現金支給の福祉サービスはステップ3と4に対するアプローチとしては最適だろう。むしろ足りないとも思える。しかしステップ1と2に対する支援はどれだけ実施できているだろうか。

価値観や感情を蝕む問題は目で見える形で現れず、声なき声として社会に埋もれてしまっているのが現状である。


価値観を見つめ直すこと

先に挙げた価値観だけを見れば、それは特段悪いものではないだろう。程度にもよるが、社会の秩序を維持する為に必要な価値観だと言える。

しかし、これらが結果として親を苦しめることになっている。残念ながら今の日本社会は、障害のある子どもを授かると、それまで生きてきた価値観のまま生活していくことは難しい。

障害のある子を持つ親は、否応なしに、自身の価値観を見つめ直して生き抜いてきた一面がある。『私たちはふつうに老いることができない』の中で著者は次のように述べる。

重い障害のある子どもの親になり、能力主義の競争社会に身を置いてきた自分を根底から問い返さざるを得なくなった

児玉真美(2020)
「第4章 この社会で「母親である」ということ」
『私たちはふつうに老いることができない』

苦しい状況に置かれている人達は、強制的に自己変容が求められる。誰にも相談できず、一人で苦しみもがく日々を過ごす人も中にはいるだろう。

自分は大丈夫などと思わず、一人で思い悩まず、まずは専門家を尋ねていただきたい。


長期的な視点でゆっくりと

今すぐに変わる必要はない。まずは自分はどのような価値観によって行動をしているのかを、客観的に認知することから始めれば良い。

人間は親になると自然と変化している。漫画『ミステリと言う勿れ』に胸に突き刺さるセリフがあったので引用する。

子供を産んだら女性は変わると言いましたね
当たり前です
ちょっと目を離したら死んでしまう生きものを育てるんです
問題なのはあなたが一緒に変わってないことです

田村由美(2018)
『ミステリと言う勿れ』, 1

奥さんが変わって落ち込んでいる男性に対して発せられた言葉である。子どもに障害があろうがなかろうが、親になると人間は多少なりとも変化する。ただ、女性は変化するが、男性はなかなか変われないようだ。

意識的に自分を変える経験をしてきた人は多くないだろう。どちらかというと結婚や出産といったライフステージの変化を通して、自然と変化してきた方が多いのではないだろうか。

「ああ、自分は変わってきたな」と思えることがあるなら、そんなご自身を認知して労ってあげることが、最初の一歩となる。



Appendix

参考文献


関連リンク

  • 厚生労働省による特別児童扶養手当・特別障害者手当等の案内

  • カバーイメージ


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