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364 喜の章(10) 4月11日から4月12日

41日目:2020年4月11日(土)
全国の感染者数 644人
十海県の感染者数  1人

 ぼんやりとした意識の中、遠くのほうで彼女の目覚ましの音が聞こえたような気がした。再び深い眠りに落ちる。目覚めると、彼女はすでにコンビニのバイトに出かけていた。

 やかんでお湯を沸かし、昨日帰りに買っておいた食パンを2枚オーブントースターに並べ、冷蔵庫の卵を1つフライパンで目玉焼きにし、バターを取り出して、インスタントコーヒーをいれて出来上がり。簡単だけれど、朝食を調理するのも本当に久しぶり。
 フライパンとお皿をさっと洗い終えると、窓を開けて空を見る。青空を雲が次から次へと流れていき、陽射しと陰が交錯する。

 バイトを終えた彼女が戻ってくると11時半。コンビニ弁当の昼食を済ませ、クリーニング店へ往復した後、彼女は仮眠をとる。
「3時になっても寝てたら起こして...」
 間もなく彼女の寝息が聞こえてくる。

 ボクが起こすまでもなく、3時少し前に彼女は自分で目を覚ます。そういう眠りのリズムに慣れているのだろうか。起き上がるとやかんをコンロにかけ、お手洗いに行き、お湯が沸くと二人分のコーヒーを淹れる。

 身支度をすると4時。今日の彼女はナチュラルメイクの清楚な感じ。
「よかったら、洗い物お願いしてもいいかな」
 了解。
「今夜は帰れないかもしれない」
 わかった。
 ドアのところで振り返って「じゃあ」の一言を残し、彼女は「用事」へと出かけた。

42日目:2020年4月12日(日)
全国の感染者数 486人
十海県の感染者数  1人

 早朝にドアが開く音で目覚める。枕元の腕時計を見ると5時少し前。十海(とおみ)駅からの始発はまだだから、タクシー帰りだろうか。
 バッグをテーブルに置く音に続いて、バスルームへ向かう音。バスの扉の音。そしてシャワーの音。水の流れる音を聞きながら、ボクは再び眠りに落ちる...

 ...ぼんやりとした意識の中で、彼女の湿った髪の毛が、ボクの首筋に触れたのを感じた。ほどなく仰向けのボクの右側に身を横たえた彼女が、右腕をボクの胸に回す。自然にボクは、右腕を彼女の上半身の下に回す。彼女の胸の膨らみが、ボクの右脇にぴったりと引っ付く...

 ...次に気付いたとき、彼女の右手がボクの股のあたりをまさぐっているのを感じた。スムーズな動きに任せていると、自然な反応がボクの局部に現れる...

 ...いつの間にか、寝間着代わりに着ていたジャージの下が、トランクスごと脱がされていた。十分に硬くなったそれに、彼女が手際よくゴムを装着する。唯一ボクが能動的に行ったのは、ジャージの上を脱いだこと。ボクの上にまたがって結合するまで、他はすべて彼女が取り仕切った。
 しばらくボクのお腹の上に両手を載せて、腰を動かしていた彼女。口元から微かな喘ぎ声がしたかと思うと、上半身を折り曲げて、仰向けのボクにしがみつく格好になった。ほんの少しずつ速くなる彼女の腰の動き。声にはならないけれど、だんだん激しくなっていく二人の息遣い。
 彼女の体がピクリとしたのを感じたのと同時に、ボクの息遣いは最高潮に達して、その時を迎えた...

 起き上がって部屋着に着替えた彼女が窓を開け、入り込んできた冷気にボクは目を覚ました。後始末はすべて彼女がやってくれたようだ。ジャージの上下もトランクスも、元通り、昨晩寝たときのまま。
「うう、寒い」と言って震えた彼女が、窓を閉める。
 目覚めたボクに気付いた彼女が言う。
「雨が降ってきた。それに、寒い」
 いま、何時?
「12時10分」
 ベッドの端に彼女は腰掛ける。

「お腹減ったね」
 うん。
「今日はお昼と夕飯と、わたしが作るね」
 何を食べさせてくれるの?
「そうねえ。スパゲッティとミートソースがあるから、夜はパスタにするとして、昼どうしよう。お野菜をちょうど切らしていて、カップラーメンだと麺が続いちゃうし...」
 ボクが買った食パンがまだあるけど。
「そうだ。ハムとスライスチーズがあるから、ハムチーズサンド作ろう。うん、そうしよう」
「そうしよう」「そうしよう」と歌いながら、キッチンに行き冷蔵庫から材料を取り出す。何かを捏ねる音がする。

 彼女が用意したのは、からしバターを塗った食パンにハムとチーズを挟んだだけの、シンプルなサンドが3つ。ボクの前に置いたマグカップにコーヒーを注ぎながら、彼女が言う。
「キミが2つ食べてね。わたしは1つでいいから」
 いただきます、と言ってサンドウィッチに齧りつく。
 うまい!
 思わず言葉がこぼれる。マスタードとバターの配合が絶妙。ハムとチーズのうまみを見事に引き出している。
「お気に召しましたでしょうか」
 組んだ腕をテーブルにのせて、少し見上げるような視線で彼女が言う。
 ほんと、おいしいよ。
「よかった。じゃあ、お毒見がすんだようだから、わたしも食べよっと」
 クククと笑いながら、彼女がサンドウィッチの一つを手にする。

 彼女はベッドで、ボクは敷きっぱなしの布団の上で、ごろごろとしながら午後を過ごす。
「このアベちゃんの動画、バズってるね」
 星野源さんとペアで映ってるやつ?
「うん」
 批判的なリプも結構多いね。
「わたしさ、昔からアベちゃんは苦手なんだ」
 どうして?
「政治のことはよくわからないけど、なんか喋り方がベチャベチャしてない?」
 そう言われれば。
「しばらく掃除サボってたコンロに触るみたいで、なんか生理的に受け付けないんだよね」
 実際、この部屋のコンロはピカピカだ。

 夕飯は彼女が茹でたスパゲッティにレトルトのミートソースを添えたもの。あと粉末のコンソメスープ。
「ごめん。分量間違って、茹ですぎちゃった。
 ボクのお皿には、2人前を遥かに超えるパスタの山ができている。
「無理しないで残してね」
 十海駅ビルのオムライス、「JUJU」のクラシックバーガーセットを制覇したボクにも、このスパゲッティはさすがに無理。三分の一くらい残してしまった。

 彼女が先にシャワーを浴び、ボクが続いた。スキンケアを終えてベッドに腰かけていた彼女が、髪の毛をバスタオルで拭いながらバスルームから出てきたボクを、手招きする。彼女の横に腰かける。
「ねえ。今夜はキミがリードしてくれるかな?」
 う、うん。
「あ、ゴムだけはわたしにつけさせてね。前戯の後に男の人が自分でつけてるときの後姿って、なんか侘しいから」

<つづく>


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