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364 喜の章(6) 3月25日から31日
24日目:2020年3月25日(水)
全国の感染者数 93人
十海県の感染者数 0人
マスクの交換を2日に1度にしたけれど、そろそろ手持ちが危うくなっている。洗って使える方法もあるらしいので、使用済みの分も捨てずにいるけれど、ネカフェ暮らしでは、どこに干すのか。そもそもどうやって洗うのか。
今日もマスク巡礼。今までより範囲を広げたけれど、「祝福」はなかった。十海(とおみ)まで足を伸ばすかとも考えたけれど、さすがにそれは...
東京では「感染爆発防ぐ重大局面」と都知事が記者会見。週末の外出自粛を要請する。
感染者の爆発的な増加のことを「オーバーシュート」と言うらしい。オーバーヘッドシュートなら聞いたことあるけれど。
25日目:2020年3月26日(木)
全国の感染者数 93人
十海県の感染者数 0人
いま持っているマスクでは、来週半ばには新品が無くなり、一度使ったのを洗わずに使うしか手がなくなる。ネカフェ暮らしでマスク無しはつらい。
彼女、狩野希(かのう・のぞみ)さんに、またもダメ元でLINEする。
マスクがピンチ。一度使ったのを洗って使いたいのだけれど、洗って干す場所が無くて困っている。
しばらくすると、彼女から返信。
「マスクが手に入らないか、知り合いに頼んでみる。うまく行けば来週火曜に渡せるけど、間に合うかな」
ちょうどぴったり間に合うよ!
「了解。ふつうサイズでいいね」
よろしくお願いします!
ちょうど2時間後に彼女からLINE。
「ふつうサイズ50枚入り。一箱確保。来週月曜にはわたしの手元に入る。火曜に夕飯食べながらお渡し、でいいかな?」
ありがとう!本当に助かった。
26日目:2020年3月27日(金)
全国の感染者数 96人
十海県の感染者数 0人
マスクの心配がなくなったので、落ち着いて眠れたようだ。チェックアウト時間近くに目覚めて、そそくさと準備をして外に出る。
久しぶりの雨。南風で寒くはない。ドラッグストア巡りの必要がなくなり、1日図書館で過ごすことができる。これも彼女のおかげ。
県知事が、東京など感染拡大地への不要不急の移動の自粛を呼びかけたとの新聞記事。法に基づいた強制力ある命令を発出できないから「自粛」なんだろうけれど、英語で言う「refrain from」という趣旨だとすると、ほとんど「禁止」のニュアンスになる。
音楽ランキングを本当に久しぶりに見る、目についたのが、Official髭男dism。シングル合算で2曲、ストリーミングだと5曲、トップ10にランクインしている。
27日目:2020年3月28日(土)
全国の感染者数 222人
十海県の感染者数 0人
夜半の雨は朝には上がった。曇り。朝方にコインランドリーを済ませると、今日も1日図書館で過ごす。夜から再び雨。
「同一労働同一賃金」が4月から適用開始。興味が湧かない。ボクの職場環境はそれ以前の問題だったから。
全国の感染者数が一気に3桁になった。
28日目:2020年3月29日(日)
全国の感染者数 151人
十海県の感染者数 0人
朝、いったんチェックアウトして外に出ると強い雨。気温も下がって寒い。ネカフェに戻って再度チェックイン。食事を買ってくる以外は、ずっと中にいる。
彼女は、この雨の中どうしているのだろう。
29日目:2020年3月30日(月)
全国の感染者数 80人
十海県の感染者数 2人
曇り。この季節にしては相当寒い。厚手の冬物のジャケットを着てきて本当によかったと思う。
城址図書館に入って、WEBをチェックすると、特別扱いで報じられる、志村けんさんが亡くなられたニュース。新型コロナウイルス肺炎で29日夜に死亡、とのこと。そうでなくとも大ニュースのところ、コロナにやられた、ということで物凄い騒ぎになっているようだ。
夕方から雨。相変わらず寒い。十海県で2人の感染者。志村けんさんのこともあって、他人事ではなく感じる人が増えるのだろう。
明日は彼女に会えるのに、今一つ気分が乗らない。
30日目:2020年3月31日(火)
全国の感染者数 227人
十海県の感染者数 1人
朝から弱い雨。昼過ぎまで続く。
彼女との待ち合わせは、夕方6時。明日はもう4月。日没もかなり遅くなった。
「今日はわたしがご馳走するから」
えっ、それって逆じゃない?
「恩義を感じてるんだったら、素直に従いなさい。経緯は後で話すから」
そう言うと、彼女はボクを天歌(あまうた)駅前のシティホテルの最上階のレストランへと誘(いざな)った。本格的なイタリアンをリーズナブルなお値段で楽しめる、超人気の店だ。
奥のテーブルに案内されて、席に着く。
ここって、なかなか予約が取れないんじゃない? 直前でよく取れたね。
「うん。ちょっと伝手があって。今日はすべて任せてね」
彼女はウェイターを呼んで、一人前8000円のコースを注文し、食事に合わせたワインを見繕うよう頼んだ。
「心配しないでね。今日の分は軍資金をもらっているから」
誰から?
「ま、後で話すよ」
一瞬微妙な笑みを浮かべた彼女。すぐに元に戻って言う。
「それより、志村けんさんがコロナで亡くなったんだよね」
うん、ネットで大騒ぎになってる。
「テレビでも凄いよ。わたし、実は今月初めにテレビで志村けんさんの番組を、たまたま見たんだ。お元気そうだったのに、なんかショック」
「酔って忘れないうちに渡すね」と言いながら、彼女がバッグからマスクの箱を出して、ボクに差し出す。
本当にありがとう。なんとお礼を言ったらいいか。
「わたしは連絡して、受け取って運んだだけだから」
マスクの箱を受け取る。
高かったんじゃない? このご時世だから。ちゃんと代金は払わせて。
「気にしないで。お願いした人のご厚意だから」
前菜、パスタ、メインの魚料理と進む。ワインの酔いにまかせて他愛もない会話を続ける。お口直しのシャーベットが出たところで、彼女が切り出す。
「実はね、今日のディナーのスポンサーは、キミに渡したマスクを手配してくれた人なんだ」
ご家族じゃないよね。親戚の人?
「そういう意味では、縁もゆかりもない人」
そう...
「マスクを渡してもらって、キミのことを少し話したら、『よかったら二人で食事でもしなさい』と言って3万円くれた。ここの払いでまだお釣りがくるから、もう一度食事に行かなくちゃね」
別にキミが貰っとけばいいんじゃない?
「そうはいかないよ。使い道が決まっているお金だから」
わかった、と言いつつ、彼女の生真面目さに恐れ入る。
しばらく二人黙々と肉料理を味わう。
おもむろに彼女。
「ねえ。マスクの人について、わたしに聞かないの?」
いや、プライベートなことだから、その...
「人に隠しておきたいことって、ときどき無性に話したくなるものじゃない?」
うん。そういう気持ち、わからないでもないけど。
「いま、わたし、キミにその人のことを、とっても話したい気分なの。いいかな?」
目をキラキラとさせながらそう言う彼女。見とれそうになるのを堪える。
ボクは、構わないけれど。
「ありがとう。キミならそう言ってくれると思った」
そう言うと、彼女はその人について話し始めた。
「キミが拾ってくれたハンカチ、その人に貰ったものなの。あのとき、時間を少しつぶしたあとに、その人と会う約束だったから、拾ってくれて本当に嬉しかった」
失くしてたら怒られた、とか。
「それはない。たぶん新しいのを買ってくれると思う。だってその人は...」
<つづく>
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