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364 喜の章(8) 4月4日から4月8日

34日目:2020年4月4日(土)
全国の感染者数 365人
十海県の感染者数  1人

 大学をはじめ、入学式の中止が相次いでいる。我が母校、天歌(あまうた)大も5日に予定されていた入学式を中止、GWまでキャンパスを閉鎖するという。

 緊急事態宣言の発出が取り沙汰されている。遅かれ早かれ発出されるだろうと報道されている。たぶん大都市が中心になるのだろうけど、仮に十海(とおみ)県も対象になったら、どうなるだろう。
 図書館の閲覧コーナーも閉鎖されるかもしれないし、お店も休業になるところが増えるだろう。AUショッピングモールのフードコートは? 過ごす場所がなくなってしまう。
 夜、コインランドリー。ここも営業休止になってしまうのだろうか。

35日目:2020年4月5日(日)
全国の感染者数 346人
十海県の感染者数  0人

 図書館よりもフードコートよりもランドリーよりもなによりも、今のボクのねぐらになっている、このネットカフェが休業になったらどうしよう。天歌市内にはあと2つある。けれど緊急事態宣言となると、横並びでみんな休業になってしまうだろう。
 十海市ならもっとたくさんあるし、休業しないところもあるかもしれない。でもそういうところには殺到するだろう。なによりも、十海市界隈をうろつきたくない...

36日目:2020年4月6日(月)
全国の感染者数 248人
十海県の感染者数  0人

 このコロナの時代に、ネカフェ暮らしということがそもそもどうなんだろう。換気とかお店も頻繁にやっているようだが、基本的には3密を絵に描いたような施設。寝るときもマスクを外さないでいるけれど、世間で言われる「感染リスク」の高い環境だ。
 彼女のおかげで住所地の問題が解決したので安心してしまった。もっと早くにちゃんとした住むところを探すべきだったかもしれない。

37日目:2020年4月7日(火)
全国の感染者数 365人
十海県の感染者数  2人

 ついに緊急事態宣言が発出された。東京、大阪など7都府県で期間は5月6日まで。とりあえず十海県は対象外。けれど「全国を対象にすべきではないか」という議論も、遅かれ早かれ出てくるのだろう。
 今のボクには、天使の御慈悲に縋るしか方法がないようだ。

 相談したいことがある。会えないか、とLINEを入れる。
「そろそろ来るか、と思ってたよ」
 恐れ入ります。
「じゃあ、明日のお昼。『JUJU』にしよっか」

38日目:2020年4月8日(水)
全国の感染者数 522人
十海県の感染者数  2人

 晴れ。今年一番の暖かさになるとの予報。

 ハローワークの初回認定日。朝9時に出頭。ここまでに1回必要な求職活動は説明会の日の職業講習会参加でクリアしていたので、特に問題なく終わった。次回分の求職活動にカウントされるように、職業相談を受ける。前職よりほんの少し高めの条件で求人を探して貰ったが、さすがにめぼしいものはない。

 約束の12時5分前に、商店街のハンバーガーショップ「JUJU」に入る。すでに来ていた彼女が手を振って、その麗しい視線をボクに投げかける。
 朝を抜いたボクはクラシックバーガーのセット。そして彼女は、今日はライトなベジタブルバーガーのセット。相談に乗ってもらう手前、ボクが代金を払う。

 店内奥のほうの、この前来たときと同じ席に着く。
 注文の品が来るまで、マスクを着けたまま話す。
「ついに出ちゃったね。緊急事態宣言。十海にも出るのかな」
 わからないけど、出てもおかしくない。
「そうしたら、ここのお店も時短になるの? それとも休業?」
 わからない。県がどういう方針をとるかにもよるしね。
「始まった最初の頃は、中国やクルーズ船で流行してるだけの風邪の仲間で、すぐに収まると思ってたのに」
 ボクもそうだよ。

 セットが運ばれてくる。ドリンクは二人ともアイスコーヒー。パンデミックの中でも季節は進み、暖かくなった。
 それぞれのバーガーに取り掛かり、ポテトを口に運ぶ。彼女は、今日は小ぶりのバーガーなので、前のときのような高揚感は感じられない。

 ほどなく二人とも完食。アイスコーヒーを啜りながら、話をする。
「それで、わたしへの相談のこと。察しはついてるつもりだけど、話してくれるかな」
 わかった。話すね。
 アイスコーヒーを口に含んで、飲み込んでから続ける。
 さっきの話にもあったように、緊急事態宣言が十海にも出るかもしれない。
「うん。そうだね」
 そうすると、いろいろな店が休業になったりすることも話したよね。
「話したよ」
 ボクがいま寝泊まりしているネットカフェは、とても危うい。真っ先に休業要請の対象になりそうな業種。
「わたしもそう思った」
 野宿をするとシャワーを浴びられない。というか、まだまださすがに寒い。
「ねぐらを見つけなければならない、ってことだよね。思った通り」
 お見通しだね。どこかすぐに借りられる部屋を、紳士の伝手で探せないだろうか。ワンルームなら敷金としばらくの分の家賃は貯金で賄える。
「なるほど...たしかにあの人にお願いすれば、部屋の一つくらいすぐにお世話してもらえると思う」
 だとすれば助かる。
「でもね、考えたんだ。契約だの引き渡しだのいろいろと面倒なことがあるよね。家具だのなんだのも買い揃えなければいけない」
 うん。たしかにそうだ。
「それに。せっかくわたしのところに住所移して、郵便の転送や住所変更の手続きをしたところだよね」
 そうだね。
「だったら、いまの住所地に住むことにすれば、簡単じゃない?」

 それって...え?...ひょっとして?
「そう。そういうこと」
 でも...大丈夫なの?
「わたしは大丈夫だよ。部屋の契約では同居人は家主の承諾が要る。でも『ペット可』なので、キミがペットということなら、契約の上でも大丈夫だよね」
 それは、さすがにかなり無理があるというか...
「心配しないで。大家さんとは仲がいいから。話してみるけど、たぶん大丈夫だと思う」
 わかった。助かるよ...と言えばそうなんだけれど、本当にキミは大丈夫?
「うん。さっきも言ったように」
 ...紳士は、大丈夫?
「お互い干渉しないことにしてるから」
 ありがとう。本当に助かる。
「善は急げ。今日中に大家さんとこに行って話をしてくるよ」
 お願いします。
「結果は、LINEするね」

「JUJU」の前で別れて、ボクはネカフェにチェックインできる時間まで、ショッピングモールのフードコートで過ごした。

 昼にがっつりと食べたので軽めの夕食をとって、ネカフェに入る。改めて店内を眺める。明らかに今日までのボクのような長期滞在者と思われるのが7割。残りがスポットとでもいうのだろうか。
 ここが休業になったら、長期滞在者はどこに行くのだろう。ボクのような恵まれた人間は、そういないと思う。

 夜8時過ぎに彼女からLINE。
「いま、どこ?」
 ネカフェに入ったところ。
「じゃあ、あしたお引越しね、って言ってもカバンだけか」
 大丈夫だったの?
「ノー、プロブレム。明日のお昼12時に、改札の前で」

 なんか信じられない。いろんな意味で。

<つづく>


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