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生き残されし彼女たちの顛末 第3部 第45章 自経団について

 武昌支団最高幹部会議室の8人。ダイチと孫強が中心に、武漢、重慶、成都のおかれた状況についてアーウィンたちに説明する。
[人口的には圧倒的に上海より少ないですが、距離が問題です。武漢、重慶はまだ長江の水運を利用できますが、成都はそれも困難です]と孫強。
[成都の約5000人、それから重慶と武漢で船旅が厳しい高齢者や病人などの輸送について、連邦に支援のお願いをしたいと考えています]とダイチ。
【今回乗ってきたのより大きい大型船を、1機は稼働させないと難しいね】とアーウィン。
[多いに越したことはありませんが、1機でも助かります]
[大型機もそうですけれど、小回りの利く船もあるといいんじゃないですか]とグエン。さきほどハバシュが操縦してきたミニプレインを、カオルたちと見に行ってきた。
【そうすると機材もさることながら、パイロットを一定数確保する必要があるね】
 12時近くになった。食堂から8人分の食事を運んでもらい、会議室にて昼食。

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~ミシェル・イーの手記より 2~

10月10日 木曜日
 6時起床。シャワーを浴び、身支度して7時半に食堂へ。武漢組が準備を整えて、ミニプレインを待っている。7時45分頃、武漢アテンドの楊大地とミヤマ・ヒカリが到着。料理人から機内用の朝食とコーヒーを渡されると、ミニプレインのエンジン音が近づいてきた。アイドリング音になったところで、武漢組4人が食堂を出て裏の空地へと向かった。
 武漢組が出ていくと同時に、オビンナ団長以下上海組3人に朝食が運ばれてきた。今日は、オビンナ団長と私が西洋式でシリラックが中国式。食後の茶を飲んでいるところに周光立が迎えに来て、周光立のオフィスがある第4自経団第18支団のオフィスに向かう。青空のもと、今日も警務隊の車の先導で、15分ほどで到着。高儷が入り口で迎えてくれる。
 オフィスの中会議室に周光立が率いる第4自経団の幹部が揃っている。その数25人。5つある支団から副書記以上の幹部。支団の書記は全員自経団副書記を兼ねているとのこと。加えて第18支団の副局長クラス以上の幹部。裁判所たる法院の院長と副院長も参加。
 支団組織と業務の説明。内容は申入書の通り。支団勤務の職員は、合わせて100名から120名くらいになるとのこと。
 そして支団書記の直下におかれる区。各支団に10の区があり、常勤の区長と副区長、そして自治の最低単位である班ごとに、非常勤の区長助理が班員の互選で選ばれている。
 独立した司法組織たる法院は、各支団に設置されている。書記官を合わせて7から8名の所帯。その他弁護士たる律師が支団ごとに4から5名。
 質疑応答。私が最初に「人口に比して弁護士の数が少なくないか。紛争の解決はスムーズに行われているのか」と質問。次にシリラックが「職務にあたって住民に対してどのような姿勢で取り組んでいるか」と質問した。さらに私が「班の決議に基づいて自分に対する解任請求が法院に対してなされたら、どうするか」と質問し、最後にオビンナ団長が「自経団をひとことで表すと」と質問した。
 いずれの質問への回答もビデオに収録してあるので割愛する。
 会見は11時半頃に終わった。第18支団幹部以外の参加者が退出したあと、昼食が食堂から運ばれてきた。食事をともにしながらしばし談笑。
 午後の予定は、まず13時から公安局傘下の警察組織である警務隊の視察。第18支団の警務隊は総勢20名。比較的治安がいいことから、隊員数は上海の中でも少ないほうとのこと。パトロール中の4名を除く16名が、支団オフィスから2ブロック離れたところにある、警務隊オフィスで迎えてくれた。
 警務隊の階級は5階級。副局長クラス幹部の警務隊長、局長助理クラス幹部の警監、警督、警司、警員。上海到着時に出迎えてくれた双子の女性隊員の階級は、二人とも警司とのこと。犯罪捜査は警務隊が行い、被疑者を検察官役の公安局副局長または局長助理が起訴し、法院で審理される。ただし少額の罰金刑は、原則として区長が処理をする。
 第18支団の公安局の特徴は、支団の留置場の他に、第4自経団全体の受刑者を収容する監獄を管轄していること。監獄は各自経団に1つ設置されている。第4自経団で現在収監中の者は15名。専任の刑務官は局長助理を含む5名。警務隊員も交替で刑務業務に携わる。
 警務隊オフィスの次は、教育機関の視察。周光立が卒業した上海第二高級中学校を訪問。校長と面談し、目立たない形で授業を見学。高級中学は上海に5校あり、各校とも1学年が30人×6で約180人。初級中学卒業後の高級中学への進学率は全体で10%ほど。高級中学がない武漢、重慶、成都からも生徒が集まってくるので、寄宿舎もある。
 高級中学敷地内の養成校も見学。高級中学を卒業した医師、律師などの候補生が専門知識・技能を習得している。その後、初級中学卒業生対象の訓練校も見学。
 警務隊と学校の視察が終わり、第18支団のオフィスに戻ったのが16時頃。会議室に通され、飲み物の希望を聞かれたので、オビンナ団長は紅茶を、シリラックは中国茶を、私はコーヒーを頼んだ。一息ついているところへ周光立が入ってきて「19時の懇談会まで時間があるので、繁華街を散策しながら屋台で軽く食事をとるのはどうか」と提案。一同賛成。第18支団民政局副局長の張皓軒が案内役として加わり。支団オフィスから左に向かい、街区の中央を南北に走るメインストリートの新中山路を渡り、隣りの街区へ。私服に着替えた警務隊員が、二人付き添う。
 やわらかな陽射しの中、第6自経団管轄の第6地区の中央の街路を北へ向かう。大きめの住居を店舗としているものや、地上部分に目立つ看板を立て地下で営業する大規模な店舗もある。あちこちの店を覗きながら小一時間ほど歩くと、何ともいい匂いが漂ってきた。右に曲がると屋台街。包子を蒸す湯気。ワンタンや春巻を揚げる油の香り。肉や餃子を焼く音。様々な匂いのスープの麺。インド料理やニッポン料理、コリアン料理やロシア料理、東南アジア料理の屋台もある。夕食時間には少し早いが、結構な人出で賑わっている。私はテンプラが乗っかったニッポン料理の麺を食べ、タイ人のシリラックは、香菜の効いたタイ料理をおいしそうに食べた。張皓軒はロシア風の揚げパンを、そしてオビンナ団長は周光立と高儷と一緒にいろいろな具の包子を買い、分けて食べている。
 屋台街を通り抜け、18時30分になった。周光立がPITで車を手配しているようだ。5分もたたずにタクシーが現れる。張皓軒とはここで別れる。ドライバーは周光立と顔馴染みのようで、親しげに話している。ドライバー含めて6人なので少し窮屈。警務隊の車の先導で、10分ほどで目的地の第3自経団第129区のオフィスに到着。

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 武昌支団の中会議室では14時から臨時マオ委員会が開催された。漢陽書記の孫強を含めたいつものメンバーに、今日は民政局副局長の呉桂平も参加している。漢陽、漢口、重慶、成都の参加メンバーの姿はエア・ディスプレイに。
 ダイチが副団長のアーウィンと、マルティネス、ハバシュを紹介し、改めて彼らの来訪目的を説明する。
 アーウィンが、参加者に語りかける。
【上海の周光立と高儷が、みなさんがマオの災禍を避けるためネオ・シャンハイに避難できるよう、連邦に対しての申入書を作り、周光立とミヤマ・ダイチの連名で提出されました。その審議をする連邦統治委員会から、実地調査の命を受け、私たちはやって来たのです。そのため、私たちは連邦の立場でみなさんにいろいろと質問をします】
 陳春鈴の大きく見開いた目が「西洋人」であるアーウィンに釘付けになっている。隣に座った張子涵が。その横顔を見て小さな声で呟く。
[まったく、しょうがねえなあ…]
【ところで、私はそこにいるミヤマ・ヒカリ君が連邦職員だったころの上司でもあり、かなり以前からみなさんのご意向について相談を受けていました。そのこともあって、私はネオ・シャンハイへのみなさんの避難を実現させるべく、支援したいと考えています。みなさんからもご意見があれば、ぜひお聴かせ下さい】
[それでは、自経団の組織と業務内容について]と言ったダイチを制してアーウィンが言う。
【いや、その点についてはたぶん申入書の内容の確認だけになるだろうし、上海のほうでも聴取しているだろうから省略したい。いいだろうか、楊書記】
[もちろん、ご意向に従います]とダイチ
【最初に「職務にあたって住民に対してどのような姿勢で取り組んでいるか」について、みなさんに質問したい。どうでしょう】
[では私から」と言って武昌副書記のグエンが最初に答える。
[私が担当している局のうち技術局は、インフラ関連で住民との関係が深くあります。生活に直結する部分なので、できる限り住民の意向を反映できるよう施策を立案します。関係する班の同意がなければ施策は実施できませんので、立案の段階から私や私の部下が班の会合に出向いて、住民の声に耳を傾けるようにしています]
[武昌公安局局長の謝瑞麗です。やはり住民との接点が多い警務隊を統括する関係上、副局長だった頃から、定期的に各班の会合に参加し、警務隊の活動について不満はないか、意見はないかを聞き、改善を図ってきました]
[そもそも、罰則のある規則の制定には、3分の2以上の班の同意が必要です]と孫強。
 次は総区長の何志玲。
[私は武昌第6区の区長を務めておりますが、区長助理から上がって来る声を、民政局をはじめ関係各局に伝えるのも、区長の重要な業務のひとつです]
[監察局の業務は各局の業務の監査ですが、業務の法令適合性と同時に、住民の立場に立って業務が遂行されているかも、重要なチェックポイントとなります]と局長の宋睿。
[民政局はどうだろう]と、ダイチが副局長の呉桂平に発言を促す。
[住民サービス一般が民政局の業務の中心ですから、住民の理解と同意がなければ業務自体が立ち行かなくなります。当然のように住民の意見は尊重するようにしています]
[私からもよいかな]と顧問の楊清立。
[団の全体の統括を図る必要があり、また専任スタッフが行うべき業務もあることから、自経団には書記を初めとする本部組織があります。とはいえ、自経団とは住民が「自らを治める」ことを基本としてでき上がった組織なのです。本部のスタッフは、住民が自ら治めるためのいわば「お手伝い」を行っているのだ、ということを常にみな意識しているのです]
 ダイチがモニターに向いて言う。
[漢陽、漢口、重慶、成都のみなさんからは、なにかありますか]
 特になし。
【では、私から質問させていただきます】とマルティネス。
【住民間の紛争の解決は、どのように行われているのでしょうか。人口に対して弁護士の数が少ないようですが】
 一同しばし顔を見合わせたのち、副総区長の郭偉が話し出す。
[班員同士の紛争については、まず区長助理が双方の主張を聞いたうえで、解決案を示します。区内の別の班の班員同士の紛争の場合は、主張を聞いたそれぞれの班の区長助理が話し合い、解決案を示します]
【なるほど。まずは班のレベルで解決を図るわけですね】
[そうです。しかし区長助理によって示された解決案が受け入れられなければ、改めて区長、副区長、それに区長助理が合議して、調停案を示します。示された調停案を双方当事者が受け入れた場合、法院に申し出て書記員の確認を受けることにより、双方に対して法的拘束力を持つ調停となります]
 陳春鈴の相変わらず大きく見開いた目が、今度は「西洋人」であるマルティネスに釘付けになっている。「やれやれ」といった表情の張子涵。
【そうすると、調停案が受け入れられなかった場合に、裁判手続きになるのですか】
[その通りです]と法院院長の徐冬香。
【区が異なる当事者同士の場合は、どうなるのでしょう】
[やはり区長助理同士が話し合い、解決案を示します。異なるのは調停案の作成に、双方の区長・副区長が加わることです]
【調停が成立しないで裁判手続きに進む割合は、どれくらいでしょうか】
[正確な数字は把握していませんが、おそらく5%程度と思われます]
【なるほど、そういう仕組みがあるから、少ない弁護士ですんでいるということですね】

(つづく)


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