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⑯長男と二人で近くの湖へ散歩
子供たちには、起こったことはすぐに伝えてなかったが、長男(当時12歳)は察していた。
次男(当時9歳)三男(当時6歳)長女(当時3歳)はまだ何も分かってなかったと思う。
(親の異変には気付いていたとは思うが…。)
もちろん、フランス滞在中に何度か家族の状況を子供たち全員に伝えることは、していた。
しかし、まだ子供たちが小さかったのでよく理解出来なかったと思う。
一緒に住んでたし♪
三男、長女にとっては8人家族がスタンダードになっていた。
現に父子家庭子供4人生活になった今でも、8人の生活を望んでいると思う。
三男(現在13歳)には最近は聞いてないが、少なくとも長女(現在10歳)は今もそれを望んでいる。
さて、長男との散歩である。
家から歩いて25分くらいの所に小さな湖があった。
長男とそこへ二人で散歩しながら話をした。
その時は私の気持ちを彼に伝えていたことを覚えている。
(全部私がしゃべったことです)
「人を殺していいとしたら、今私にその権利があるのではないか?」
「いや、その権利はやっぱりない」
「戦争などで、人を殺すことが良いとされる現場でも、その先にその殺された人の家族がいて、悲しむ人がいる。いかなる状況でも、人を殺して良い権利なんてない」
「なぜこのような憎しみや苦しみが出てくるのか?」
それは自分の幸せを人に依存しているからだと気が付いた。
「あの人しかいない」とか「あの人が裏切った」とか全部他人任せだ。
だから人は相手に攻撃的になるのだと思った。
すべては自分にある。
そして相手に対して思うことは『幸せを願う』ことだけだ。
「彼女を幸せにすることが出来ないではない」
「幸せは自分で感じるもの」
「彼女は自分の幸せを選んだ」
「私にも他の幸せがあるはず」
「彼女の幸せを祝おう」
最初からこんなスムーズにいったかは覚えてない。
もうこのプロセスに至った記憶も定かではない。
ただ、私の中に確実に残ったものは
「幸せは人から来るものではなく、自分の中にあるもの」
だった。
皮肉なことに私たちが結婚した時に
「そんなこと二人で話してたな」と
思い出した。
確か、デール・カーネギーの「人を動かす」の中に、そんなことが書いてあって「これいいね」と言う感じで結婚生活において意識する言葉の一つに、入れていた気がする。
離婚届を出したのは大分先のことだったが、私たちの結婚生活はピリオドを打たれたのだ。
神様から
「やっと分かったか?」と
言われていたのかも知れない…
神様!教えが衝撃的過ぎですよ!笑
あっ、長男との散歩、どっかいった。
ちなみに今はどう思うか?
あの人しかいない→運命の人はたくさんいる
あの人が裏切った→裏切るもなにもない、人の気持ちは見えないし変わるもの
そして相手の幸せを願う。
私、ほとばしるプラス思考ですから!笑
最後までお読みいただきありがとうございました!
「この人壮絶だな」と思った方は「スキ」「コメント」「フォロー」などお願いいたします。
壮絶がいがあります!笑
※このあたりの記事は重めなので心が軽くなるのが難しいかもしれませんが、私は今生きていますし、幸せですから大丈夫ですからね!笑
※記事の写真変えましたが、ちょうど私が家出した直後の頃に撮った、家の近くの朝の空の写真です。朝焼けで綺麗なんですが、なんか炎上してるっぽいので使いました!笑
でも当時の気持ちはこんな感じだったと思います…。
今後も頑張って投稿してまいります!
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