見出し画像

【おさむくんとクロと サーカス 2】


 

 おさむ君は日曜日が待ち遠しくてしかたありません。

 

「早く日曜日にならないかなぁ」

 

「今日も見てるの」

 

「だって初めてのサーカスだもん、うれしいよ」

 

「よかったね、早く日曜日にならないかね」

 

 おさむ君とお母さんは、神棚に置いてある入場券を見てはニヤニヤしながら毎日こんな話をしていました。

 

 待ちに待った日曜日の朝になりました。

 

 おさむ君はとっても早起きしました。うれしくて寝ていられなかったのです。

 

 朝ごはんを急いで食べるおさむ君に、「そんなに慌てなくてもサーカスは逃げないよ」と、お父さんは笑いながら言いました。

 

 おさむ君一家は、お出かけ用の洋服に着替えてから家をでました。

 

 サーカスのテントまでは二十分位歩いて行くのです。

 

 ゆみちゃん一家は、おさむ君一家より少し遅く家をでましたが、サーカスのテントまでは十五分位なので一緒になりそうです。

 

 そんな二つの家族がサーカスに向かって歩いている頃、猫公園ではクロが心配そうな顔をしています。

 

 昨夜の猫の集会で、のら猫仲間のミイからちょっと心配なことを聞いたからなのです。

 

 困ったクロは公園の横にある神社に行きました。その神社は『不動明王』を祀っていて、近所の大人たちは「お不動さん」と呼んでいました。

 

「お不動さん、ちょっと相談があるんだけど……」

 

「なんだクロか、どうしたんだ」

 

「実は友だちのおさむ君のことなんだけど……」

 

 呼ばれた不動明王がお堂からひょっこりでてきたので、クロは昨夜の猫の集会でミイから聞いたことを話しました。

 

 ミイは、おさむ君のお父さんが働いている工場を縄張りにしているのら猫なのです。お父さんがサーカスの入場券をもらった時にも偶然そこにいて、全部見ていたのでした。

 

 その時のことをミイに聞いたクロは、おさむ君のことがとても心配になったのです。

 

「その話が本当なら確かに心配だ。よし、一緒におさむ君の後を追いかけよう」

 

 黙ってクロの話を聞いていたお不動さんは、クロが話し終わるとこう言ってから、自分の体をネズミの子ども位に小さくしました。

 

「それ、急げ!」

 

「ちゃんとつかまっててくださいよ」

 

 クロは背中に小さくなったお不動さんを乗せて、全力で走りはじめました。

 

 ハァハァと息を切らしてサーカスのテントに着くと、おさむ君一家は入口に並んでいました。

 

 順番に入場券を見せてお客さんが入っていきます。今日はめずらしく、座長のブケッチーもそれを見ていました。

 

 ゆみちゃん一家も同じ列に並んでいますが、おさむ君一家よりずっと後ろでした。

 

 おさむ君一家の番になり、お父さんは「はい」と入場券を渡したのです。

 

 ところが、

 

「あぁお客さん、この入場券では入れませんよ。今日ご覧になるのなら、あそこで入場券を買ってきてください」

 

「どうして券を買わないといけないんだ、この通り入場券を持ってきたじゃないか」

 

「お客さん、ですからこの入場券では入れないのです。ほらここに書いてあるでしょう(日曜日は利用できません)と」と、受付の人に言われたのです。

 

 びっくりしたお父さんが入場券をよく見ると、一番下に(日曜日は利用できません)と、小さな字で書いてありました。

 

「さあさあ、ここを開けてくれ。後ろのお客さまが入れないじゃないか。入場券が買えないんだったら、帰った、帰った」

 

 それを見ていた座長は、とても裕福とは思えないおさむ君一家の身なりを見て、こう言ったのでした。

 

「ねえお不動さん、あんた神様なんでしょう、なんとかしてくださいよ」

 

 それを遠くから見ていたクロはこう言いながら「ミイの話は本当だった……」と思ったのでした。

 

 ミイは工場の休憩室でこんな話を聞いていたのです。

 

「さっき社長から、サーカスの入場券をもらったんだよ」

 

「そりゃよかったじゃないか、どれ見せてみろ」

 

「そうでもないんだ、ここ見てくれ、ここ。日曜日は使えないんだよ」

 

「本当だ。なんだよ、これじゃ日曜しか休みが無い俺たちは行けないじゃないか」

 

「そうなんだよ。だからもらってもいらないよ」

 

 仕事が終わったおさむ君のお父さんが休憩室に来たのは、ちょうどその時だったのです。

 

 お父さんはサーカスの入場券を見ながらみんなに聞きました。

 

「これ、どうしたの?」

 

「あ、サーカスの入場券ですよ。遊佐さん欲しかったらどうぞ。社長からもらったんだけど、みんな「いらない」って言ってるから」

 

「え! 本当にもらってもいいの?」

 

「いいよ、いいよ。遊佐さんどうぞ」

 

「それじゃ遠慮なくもらうね、ありがとう」

 

 お父さんはあまりの嬉しさに、注意書をよく読まないまま入場券を持って急いで家に帰ってきたのでした。

 

「大丈夫かな。遊佐さんよく見ないで、喜んで帰っちゃったよ」

 

「大丈夫だろう。家に帰ってからかみさんとよく見て、きっとがっかりするさ」

 

「そうだね」

 

 お父さんが帰った後で、工場のみんなはこんな話をしていたのでした。

 

 そんなミイの話を思い出しながら、クロは悲しい気持ちになりました。

 

「日曜日に使えない入場券があるなんて……」お父さんは信じられない気持ちでした。

 

 お父さんには三人分の入場券を買うお金などありません。お母さんと顔を見合わせ、黙って列を離れました。

 

 ゆみちゃんの横を通る時のおさむ君は、とても悲しそうでした。ゆみちゃんも悲しい気持ちになりました。

 

 おさむ君は、お父さんとお母さんになにも言わず、泣きたい気持ちをじっと我慢して歩きました。

 

「おさむごめんな。お父さんがちゃんと入場券を見なかったからこんなことになった、本当にごめんな……」

 

「そんなことないよ、ボク大丈夫だから」

 

 歩きながら謝るお父さんに、おさむ君は言いました。

 

「そうだ、おさむ一人分位のお金はあるから、ゆみちゃんと一緒に観てきなさい。お母さんはお父さんと外で待っているから」

 

     …つづく…

 
Facebook公開日 2/19 2019


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?