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【おさむくんとクロと サーカス 3】


 

「迷惑でなければ、家の子も一緒に連れていって頂けないですか。お願いします」

 

 お母さんはびっくりしているおさむ君の返事も聞かないまま、ゆみちゃんのお母さんにこう言いながら頭を下げたのです。

 

「それがいい、柏原さんなんとかお願いします」

 

「家はいいですよ、それじゃ入場券を買ってきてください」

 

 頭を下げながらお願いするお父さんに、ゆみちゃんのお父さんは快く応えてくれました。

 

 けれどもおさむ君は頭を横に振りながら、きつくお母さんの手を握りしめてこう言ったのです。

 

「いいよ、ボク行かない」

 

「どうしたの、あんなに楽しみにしていたんじゃない。ゆみちゃんは友だちだもの一緒に観てきなさい」

 

「だってボクみんなで観たかったんだ。一人でなんか絶対行かない」

 

 おさむ君は、お父さんとお母さんと三人で一緒に観るサーカスを楽しみにしていたのです。

 

 お父さんには「大丈夫」と言いましたが、これまでおさむ君は必死に涙をこらえていたのでした。

 

「それじゃしかたがないね。お父さん今日は帰ろうね」

 

「この子がこう言ってますから、今日は帰ることにします」

 

 お父さんはゆみちゃんのお父さんに頭を下げ、またゆっくり歩きはじめました。

 

「困ったな……」と、その様子を見ていたお不動さんが独り言を言いながら座長の方を見ると、座長は封筒に入った入場券を見ています。

 

 それは、今日きてもらうことになっている市長に差し上げるものでした。

 

「あれだ!」と言うと、お不動さんはクロの背中から飛び降り、ものすごいスピードで座長のところに行って、肩にひょいと飛び乗りました。

 

 するとあら不思議、座長は走っておさむ君一家の後を追いかけはじめたのです。

 

 これに一番ビックリしたのは座長です。

 

「何をしているんだ私は、止まれ走るのをやめろ」と思う間もなく、すぐおさむ君一家に追いついてしまいました。

 

 そして息を切らして、座長はお父さんに言ったのです。

 

「さっきはすまなかった、入場券をもう一度見せてくれ」

 

「もういいですから、私たちは帰りますからほっといてください。これはあなたにお返しします」

 

「やはりこれでは入れないか…… 坊や、サーカスは好かい?」

 

「さっきまで好きだったけど、今はキライになった」

 

 今にも泣き出しそうな顔のおさむ君は、小さな声でしたが正直に座長に言いました。

 

 お父さんから受け取った入場券を見ながら、座長は言いました。

 

「それは困った、ではこうしよう。私は今、いつでも入れる入場券を持っている。これとこちらの入場券を交換してもらえないか」

 

「何を言っているんだ、私はどうしてこんなことを言っているんだ。やめろ、やめろ!」自分の体が勝手に動いたり話したりするので、座長は頭が変になりそうでした。

 

 そうなんです。お不動さんに肩に乗られた座長は、まるでロボットのようにお不動さんに操られていたのでした。

 

「いいえ、そんなことをされては困りますから」

 

 突然の話に、困ったお母さんが言いました。

 

「私はここの座長です。だからあなた方三人をこのまま入場させてもいいのだが、そうすればあそこでキップを売っている若いやつも、私のまねをしてお金を貰わないで友だちを入れることでしょう。それはとても困るのです。それからもっと困るのは、この子がこのままサーカスをキライになってしまうことです」と、座長はお母さんに言ったのです。

 

「いいえ、そんな事は困りますから」

 

 どうしていいのかわからないまま断わるお父さんに、座長は入場券を押し付けるように渡しながら、こう言ったのでした。

 

「さあ、この入場券を使って私のサーカスを楽しんでください。早くしないともうショーがはじまる時間です。三人で胸を張って入場してください。私はこの坊やのような子どもたちに、サーカスを楽しんでもらいたいのです。だから坊やにサーカスをキライになってほしくないのです」そう言って座長は初めて、笑顔をおさむ君に見せました。

 

 その時です。「パチ! パチ!」と手を叩く音がしたかと思うと、その音はすぐに大きな拍手に変わりました。

 

 気がつくと、おさむ君一家と座長のまわりを、たくさんの人たちが輪になって囲んでいたのです。ゆみちゃん一家の姿もそこには見えました。

 

 みんな座長の行いに感動していました。中には涙を流しながら、拍手をしている人もいました。

 

「ありがたく頂きましょう」

 

「そうよ、一緒にサーカスを楽しみましょう」そんな声まで聞こえてきます。

 

「それではお言葉に甘えさせて頂きます。本当にありがとうございます」

 

 お父さんはお母さんと一緒に、座長にお礼を言いながら頭を下げました。

 

「座長さんありがとう」

 

 おさむ君も笑顔になってお礼を言いました。

 

「もう大丈夫だろう」

 

 こう言って、お不動さんは座長の肩からひょいと飛び降りました。

 

「見てましたよ座長、すばらしい対応でしたね」

 

 その声に座長が振り返ると、そこには市長が立っていました。

 

「あ、市長いらしてたのですね。気づきませんでした。ご挨拶もせずに申し訳ありません。それから、市長に差し上げるために用意していた入場券を今使ってしまいました。申し訳ありません、すぐに変わりを持ってきますから少しだけお待ち下さい」

 

「そんなものはお願いしていないはずですよ」

 

 謝る座長に市長はこう言ったのでした。

 

 そして秘書が買ってきた入場券を受け取ると、「私の入場券も届いたので、皆さん一緒にサーカスを観に行きましょう。こんな素晴らしい座長のサーカスですから、きっとショーも素晴らしいはずです」と言いながら入口の方に歩きはじめました。

 

 みんながサーカスを楽しんでいる頃、座長室では座長が一人で部屋にいました。

 

「どうして私はあんなことをしたんだろう」と、机の上で頭を抱えて考えていたのです。

 

     …つづく…


Facebook公開日 2/20 2019


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