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【おさむくんとクロと サーカス 4】


 

「やれやれ」と独り言を言いながらお不動さんが戻ってくると、クロが言いました。

 

「さすが神様ですね、あんな方法で助けるとは思ってもいませんでした。びっくりしましたよ。でも…… あの座長さん、本当はやさしい人なんですよ」

 

「そうなのか?」

 

 お不動さんは少し考えてからクロに聞きました。

 

「座長は今どこにいるか知っているのか?」

 

「きっと自分の部屋だと思います。行ってみますか?」

 

「あぁ、そうしよう。案内してくれ」

 

 座長の部屋に入ったお不動さんはそっと座長のそばに行き、背中に触りました。

 

 するとフッと消えるように座長の中に入ってしまいました。お不動さんは座長の心の中に入ったのです。

 

 座長の心の中に入ったお不動さんは、思い出の中を覗いてみました。

 

 クロの言う通り、座長も昔はやさしい男だったのです。

 

 サーカスは両親のものでしたが、体が弱かったお母さんが病気で死んでしまい、お父さんも後を追うように翌年死んでしまったのです。

 

 その後を引き継いだ座長は、必死になってこのサーカスを守ってきたのです。

 

 特に大変だったのがお金の工面でした。そのためだんだんと「お金にうるさくケチ」といわれるようになったのですが、座長はお金をとても大切にしていただけなのです。

 

 しかしそのことを誰にも話していなかったので、やがて団員のみんなに誤解され、嫌われてしまったのです。

 

 座長も意地になってしまい、いつの間にか独りぼっちになっていました。

 

 サーカスが二年前にこの街にきた時のことです。

 

 座長が自分の部屋で一人で夕ごはんを食べていると、迷子になった仔猫が迷い込んできました。

 

 いつもならすぐに追い出すのですが、その時にはなぜか食べていた夕ごはんを少しわけてあげました。

 

 とてもお腹がすいて、よろよろと今にも倒れそうになっていた仔猫は喜んで食べました。

 

 そしてお腹がいっぱいになると、今度はウトウトと眠ってしまったのです。

 

 座長はとてもやさしい穏やかな笑顔で、眠っている仔猫を見守っていたのでした。

 

 その次の日から仔猫は毎日夕ごはんの時に現れ、座長からごはんをもらって食べていました。

 

 いつの間にか座長は、いろんなことを仔猫に話しはじめました。

 

 うれしかった時のことや、辛かった時のこと。昔のことやその日あったことまで、まるで友だちにでも話すように仔猫に話していたのでした。

 

 やがてサーカスは終わりました。

 

 テントはあっという間にたたまれ、一座は次の街にトラックで移動しました。

 

 それを知らなかった仔猫がいつものようにやってくると、サーカスのテントがあった場所はただの空き地になっていたのです。

 

 仔猫はとても寂しくなりましたが、その後ものら猫として元気に生きていました。

 

 黒ネコで足首が靴下を履いたように白いこの仔猫が、おさむ君の友だちのクロだったのです。

 

 座長の心から出てきたお不動さんは、ゆっくりクロの方に歩いてきました。

 

「お前が生きてこれたのは、この座長のおかげだったのか……」

 

「黙っててごめんなさい」

 

「こいつも助けてやりたいな……」

 

 謝るクロのとなりで、お不動さんは独り言のように呟きながら考えていました。

 

「お不動さん、この人はやさしい人なんです。みんなは誤解しているのです。その誤解が解けると、この人もきっと幸せになれます。お不動さんの力でなんとかしてください、お願いします」

 

「わかった。お前の頼みじゃ断れないな、やってみよう」

 

 お不動さんはこう言うと、スーッと大きな体に戻りました。

 

 突然、目の前に『不動明王』が現れたものですから、座長はビックリして椅子から転げ落ちてしまい、震える声で聞きました。

 

「あなた様はどなたですか?」

 

「私は『不動明王』だ。訳あってさっきお前の体を借りた。それから今、お前の心に入って中を全部見てきた。なぁ座長、ここに座って私と話をしようではないか」

 

 這いずりながら逃げようとする座長に、お不動さんは穏やかな声で言いました。

 

「サーカスをよくここまで大きくしたな。大変だったろう、よく頑張った。お父さんとお母さんもきっと喜んでいる。そこでだ、そろそろ『与える側の人間』になってみないか」

 

「『与える側の人間』にですか?」

 

「そうだ『喜びを与えられる人間』にだ。誰にでも真心を持って『喜びを与えられる人間』になれたら、素晴らしいことだとは思わないか。さっきのことを思い出してみろ、お前のしたことが多くの人を感動させたではないか」

 

「あれは私ではなく、不動明王様がされたことでしょう。それに不動明王様、人になにかを与えるなんて私が損するだけですし、相手が私より得をするだけです。まして先ほどのような貧乏人になにかを与えても、見返りは期待できませんよ。それなのに『喜んで与える』なんて、私にはできそうにありません」

 

 座長の話を黙って聞いていたお不動さんは、静かに話はじめました。

 

「なるほど、それが今のお前の考えか。では聞くが、お前は先ほどたくさんのお客さんから拍手されて、どんな気持ちになったのだ? 今私に話したように、損をした気持ちになったのか?」

 

「え、いや、それは……」

 

「それから市長もいたな、お前は市長になにをあげたのだ? 入場券すらあげなかったではないか。それなのに市長は『すばらし座長だ』とみんなの前でお前のことを誉め称えていたぞ。これはどういう訳なのだ? お前の理屈には合わないとは思わないか?」

 

「それは、その……」

 

 こうお不動さんに諭された座長は、一言も言い返せませんでした。更に、お不動さんの話は続きました。

 

「お前は気づいていないようだから話そう、よく聞くのだ。人とはな、いつもなにかを誰かに与えながら生きているものなのだ。そして与えたものだけが、やがて自分に戻ってくる。良いことも、そうでないこともだ。人に与えるということは、自分に与えていることと同じなのだ。だからお前が今話した見返りなどはまったく気にすることはないのだ。わかるか?」

 

     …つづく…

 
Facebook公開日 2/21 2019


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