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【おさむくんとクロと サーカス 5】


 

 頭を垂れ、黙って座長はお不動さんの話を聞いています。

 

「だからといって、なにか特別なことをする必要などはない。今の自分にできることをするだけでいいのだ。『与える』とは、ものやお金だけのことではない。まずは暖かい眼差しで、和やかな笑顔で、そして心のこもったやさしい言葉で相手に接することだ。これならばいつでも、どこでも、どんな人でもすぐできる。お前にもだ、そうは思わないか」

 

 お不動さんはクロを見ながら言いました。

 

「覚えていないか、二年前お前にそうしてもらったと、あの猫が言っているぞ。よく思い出してみるんだ、薄汚れた仔猫に食べ物を与えた時のお前はどんな見返りを期待したのだ。期待などまったくしていなかったのではないのか。だがその後はどうだった、お前はとても大きな癒しをその仔猫からもらわなかったか」

 

 座長はクロを見ました。足首が白いクロ猫。

 

「お前はあの仔猫か、よく元気に生きていてくれたな」クロとの思い出が座長の心に蘇ってきました。

 

「ものがあるならそれを与え、力があるなら力を貸し、知識があるならみんなに教える。お前は今『与えられる物』をたくさん持っているではないか。『花が美しさを惜しむか? 小鳥は楽しいさえずりを惜しむか?』そうではない、誰にでも惜しまず与えている。『喜んで与える時』そのたびに人の心はとても豊かになる。だが『与えることを惜しむ時』心はとても惨めで貧しくなる。人の心とは、そういうふうに作られているものなのだ。どうだ、できることから少しずつでいい、お前もやってみないか」

 

 こうお不動さんに言われた座長は、クロを抱きながら「おいおい」と涙を流して泣きました。

 

 お不動さんは座長の肩に手をかけて言いました。

 

「おまえはお金があれば幸福なのか? そうではなく幸福になりたいから、お金をたくさん稼ぎたいのだろう。確かにお金があれば、欲しいものはたくさん手に入る。だから人間はみんな勘違いをするのだろう。だがな、本当の幸福とはそれをわかち合える人とのつながりが作るもので、お金で買えるものじゃない。私はお前よりはるかに多い人間を見てきた。『成功者』と言われる金持ちもたくさんいた。だがな、その中に幸福な人は少なかったのだ。友だちもなく、家族とのつながりも薄い人間が多かった。お金があり、なんでも持っている『孤独な成功者』が幸せなのか? 私はそうではないと思うぞ。なぜなら『孤独な幸せ者』に私は出会ったことがない。人間は一人では生きていけないということだ。喜びも苦しみもわかち合い、ともに笑い、共に泣き、共に助け合う人とのつながりの中にこそ、人間の幸せがある。そうは思わないか」

 

「はい、その通りです」

 

「安心しろ、お前はまだ大丈夫だ。さっきのお前の行いは大勢のお客さんが見ていた。『すばらしい座長だ』と市長も言ってくれた。みんなはお前がやさしい人間だと気づいている。その通りのやさしい座長のままでいればいいのだ」

 

「わかりました」

 

 座長は涙を拭い、部屋を出てテントの出口に行きました。

 

 サーカスは終わったばかりで、お客さんがテントから出てきています。

 

「ありがとうございました」

 

 座長はお客さん一人ひとりに声をかけ、頭を下げました。

 

「私のサーカスは楽しかったかい」

 

 子どもたちにはこう笑顔で話しかけました。

 

 おさむ君一家が出てきました。ゆみちゃん一家も一緒です。

 

「ありがとうございました。あなた方のおかげで私は大切なことを学びました」

 

「こちらこそ、すばらしいサーカスを見せて頂き、本当にありがとうございました」

 

 おさむ君のお父さんとお母さんにはより深く頭を下げる座長に、お父さんとお母さんも頭を下げ、お礼を言いました。

 

「どうだった、私のサーカスは楽しかっただろう」

 

「うん、すごいサーカスだった。ボク、サーカスが大好きになったよ」

 

 座長に聞かれ、おさむ君は元気よく答えました。

 

 座長がおさむ君一家に手を振りながら後ろを振り返ると、座長と同じようにサーカスの団員全員が、お客さんにお礼をしていたのでした。

 

「もうこのサーカスは大丈夫だ。さてと帰るかクロ」

 

「お不動さん、本当にありがとうございました」

 

 体を小さくしたお不動さんを背中に乗せ、クロはお礼を言いながら公園に帰りはじめました。

 

「なぁ~ クロ」

 

「なんですか? お不動さん」

 

「サーカスって、そんなに面白いのか?」

 

「どうなんでしょう? 見たことないからわからないですけど…… おさむ君たち子どもがあんなに夢中になるんだから、きっと面白いと思いますよ」

 

「そうか……」

 

「あれ、もしかしてお不動さんも観たいんじゃないですか?」

 

「お前はどうなんだ?」

 

「観たいですよ」

 

「こっそり観に行くか」

 

「神さまがそんなことしていいんですか?」

 

「ネコが一匹くらい紛れ込んでも、怒りはしないだろう」

 

「あはは、そうですね」

 

 次の日の朝、サーカスが開演するちょっと前のことです。一匹のネコがテントのすき間から入り込むのを座長は見ていました。

 

 そのネコは、足首が靴下を履いたように白い黒ネコで、背中に小さななにかを乗せているようです。

 

 素知らぬ顔で見て見ぬふりをし「あれは『招き猫』だな」と呟いた座長は、とてもステキな笑顔でした。

 

 その日からサーカスは毎日満席になり大繁盛したのです。

 

 そして座長のことを「ブケッチー」と呼ぶ団員は、いつの間にか一人もいなくなっていました。

 

 やがて、楽しかったサーカスは終わりました。座長のところにはお金がたくさん集まりました。

 

「こんなにたくさんお金が儲かったのは、頑張ってくれたみんなのおかげだ」

 

 サーカスの団員たちに座長はこう話し、たくさんボーナスをあげたのでした。

 

 サーカスが終わった街では、今日も子どもたちが元気に公園で遊んでいます。

 

 のら猫たちは、そんな子どもたちを見ながらのんびり日向ぼっこをしています。

 

 それを見ているお不動さんは、今日も笑顔でした。

 

     おしまい

 
Facebook公開日 2/22 2019


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