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私の知らなかったうた〜七尾旅人『Long Voyage』を聞いて〜

皆さんは七尾旅人というミュージシャンにどのような印象を抱いていますか?

過剰な表現、歌唱で混沌のポップスを生み出した「世紀末の天才」、HIPHOP的なループ感の上で“誰か”を思い、踊るように歌う「エモい歌手」、『兵士A』や『911FANTASMA』のような戦争や社会問題に鋭く切り込む「政治的なミュージシャン」
決してどの表現も間違えてはいない...、でも同時に何かが違うと思います。

そこで、私は彼を「まだ、うたになっていない者のための音楽家」と表現したいのです。(いつぞやか彼も自分をそう言っていたような...)

そして、今回のアルバムもこの未曾有の事態において、まだ「うた」にされていなかった出来事や人にフォーカスを当てられています(「入管の歌」や「ソウルフードを君と」など)。それはもちろんこのアルバムにおいてだけではないです。『雨に撃たえば...! disc2』では世紀末の混沌とした雰囲気、当時の目を瞑っておきたかったであろう物事を誰よりも綿密に表現しているように思えるし、『リトルメロディ』では震災後の絶望した社会に生きる人や風景を描き、それでも歌うことや誰かを思うことを諦めない切実さを伝えてくれました。
きっと精神をすり減らし、これまで多くの人が目を背けていたものと戦いながらこのアルバムを作ったのだなつくづく思います。

とはいえ、聞いてて苦しいアルバムかと言われたらそんなことはないです。もちろん歌詞や七尾旅人の切実な歌声を聞き考えさせられる部分はありますが、「未来のこと」や「ドンセイグッバイ」のような今後の七尾旅人にとってのポップなアンセムも収録されているし、今回のアルバム制作において集まった若きバンドメンバーたちの音も年齢に相応しくないといえるほど成熟して優しい音で、まるで子どもの頃から聞いていたポップスのように身体に馴染みます(自分は小さい頃からスティーヴィー・ワンダーのベスト盤、桑田佳祐プロジェクト全般、星野源を聞いてきたんですが誇張抜きでそれに近いポップスの雰囲気を感じました)。
例えば「フェスティバルの夜、君だけいない」はストリングスとバンドのフィーリングが上手く融合されていて「ハローウィン、クリスマス~♪」のフレーズはまるで往年の合唱曲やクリスマスキャロルのような耳触りでふとした時に口ずさみたくなります。

なかでも自分にとって最も印象に残っている歌は「Wonderful  Life」です。
七尾旅人の曲には語り調で紡がれるものが多くありますが、この曲はその中でも1番好きだしこれまでの集大成のようにも感じます。彼の名曲である「サーカスナイト」のようなループ感に、さらにバンドらしさを含ませて、歌詞では壊れゆく家族が情緒的で退廃的な小説のような世界観で描かれています。残酷な歌ではあるのですが、サウンドの優しさが少しの希望をもたらしていて思わず最後には「思いがけない幸運を思いたくなる」ような気持ちになっていきます。


最後になりましたが、私が七尾旅人に出会ったのは半年とちょっと前でそこから急激にハマり、過去の音源の一部はサブスク解禁に伴って初めて聞いたものがあるほどまだまだ歴の短いファンです。  

それでも、七尾旅人を聴き始めて何かが変わったという実感はあります。音楽的なところだと『ヘヴンリィ・パンク:アダージョ』を聞いて宅録によって生み出されるパーソナルで神秘的な音楽に興味を持つようになりました。(とは言ってもヘヴンリィはほんとに唯一無二のアンビエントポップなのであんまり類似作品は見つけられてない...)                     そして何より、彼の歌を聞いて自分の見えないところに生きている人たちの生活を想像するようになったように思います。彼がうたになっていない物事をうたにしてくれることで見聞きできる世界が広がったように感じます。触れている事象はもちろん「政治」や「戦争」など重たいものではありますが、彼の音楽はその中で生活している人たちの歌であり、きっと背けているだけで本来もっと私たちの目に、耳に入るべきものなんだろうなとつくづく思います。

きっと『Long Vouage』はこの世の中、時代に必要だな。このnoteを書きながら改めてそう思いました。



あと!先行予約特典のカセットテープも最高でした。この時代に16歳の頃の音源を聞けたことの感動がすごかったです。


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