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「影踏み」感想

著者:横山秀夫
ジャンル:推理小説

私、警察小説っていうものを読めなかったタチなんですが、この本から読めるようになりました。映画化もされているらしい。
横山秀夫さんの凄いところは、専門用語ばかりなのにわかりやすい文体、息もつかせぬアクション、迫力、それから心の動きの描き方かと思います。
ただこのお話は、主人公が「ノビ師」と呼ばれる泥棒、という異色のハードボイルド。好みの分かれはあるでしょうが、私にとって相当な影響を与えた一冊です。

あらすじ

住人が寝静まった深夜の民家に侵入して盗みを働く、通称「ノビ師」と呼ばれる泥棒の真壁修一は、忍び込みの技術の巧みさから、警察から「ノビカベ」とあだ名されるほどの凄腕ノビ師だった。そんな真壁は、ある日の深夜、県議会議員の自宅に忍び込むが、そこで偶然、未遂となる放火殺人現場を目撃。これをきっかけに、真壁がずっと心の底に押し込めていた20年前の事件の記憶が呼び覚まされ……。

泥棒が推理? 弟の魂が中耳に……! 双子の影を踏む執心は。

主人公の真壁が出所してくるところから話が始まる、この作品。
真壁はプロの泥棒で、十八年前に焼死した弟・啓ニの魂が頭に住み着いており、彼と協力してさまざまな困難を乗り越えます。
ですが、双子の兄弟は久子という想い人を奪い合う関係でもあり、さらに啓二は母親によって無理心中をさせられて焼死しており、真壁はその無理心中をきっかけにエリートコースから堕ち泥棒になったため、兄弟の関係は非常に複雑。だけど、互いに必要としている。

真壁は元エリートということもあって頭の回転が早く、割と毎回「人のため」という動機で動きます。ヤクザ相手でも物怖じしない。アウトローらしく裏社会に顔が効き、縁を辿って真相に迫っていきます。泥棒になった理由は最後まで明かされないのですが、十中八九、弟を殺した両親への恨みでしょう。真壁の行動における判断指針はつねに「復讐」「恨み」なので、その辺りが示唆されている気がします。

啓二は記憶力が抜群に良いですが、十九歳の精神のままということで、心は素直な青年。裏社会にズブズブに使っている兄と違い、まともな感性で色々と引き留めたり忠告したりします。でも久子に関しては、兄の気持ちに色々と諦めやストップをかけている要因にもなってしまっています。

「事件を華麗に解決」はしない。泥臭い追跡と侵入、暴力

推理小説ですが、真壁は泥棒なのでまともに聞き込み等はできません。じゃあどうするかと言うと、「〇〇という地面師のテカ」とか、「入所中に同房になったことのある元泥棒」とか、そういうワケありな奴らに情報を聞きにいきます。時には怪しい素振りを見せて一時勾留され、留置所でスリと交渉したりもします。
そんなワケなので、ヤクザともかなりスレスレの所で渡り合います。むしろ頻繁に狙われたりボコボコにされたりする。真壁はいつもボロボロですが、何とか逃げ延びて、泥棒を続ける。狙われたら狙われた理由を探りに向かい、人情に訴えるような願いであれば危険であっても聞いてやる。何のためなのか? それはもう本人にも良くわからなくなっているのかも。

また、見どころのひとつとして泥棒行為をしているシーンがあり、読み手としても緊張感を持って味わえる、っていうのが新鮮ですね。犯罪行為をしながら証拠をつかみ、逃げて、ときに久子や啓二がらみの切ないやり取りが挟まり……飽きさせない展開の数々。

普通ではない推理小説とハードボイルドが読みたい方へ

ハードボイルドの土台に乗せられたサスペンス、ミステリー、そして少しのファンタジー、ラブロマンス。豪華なてんこ盛り丼、それが「影踏み」。
横山秀夫作品の真髄をぜひ噛み締めてほしい。


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