見出し画像

自慢の息子

僕は九州支店の営業部でなんとか頑張ってます。   

本当は関東で働きたかった。 
3か月間の関東での研修後、言い渡されたのは九州への配属だった。    
7人いる同期で、地方に行ったのは僕だけ。    

社会人になったら、東京で色んなゲイと出会って、自分の生き方見つけるんや! 
なんて意気込んでたっけ。 

入社すぐから地方への配属があるなんて話、聞いてなかったよ。 

配属先の支店の人は、優しい人が多い。 
けど、どこか「九州男児」って感じで、「男は外、女は内」っていった雰囲気があるし、飲み会でも鉄板ネタは、キャバクラとか風俗の話。 
「心を開いた方が距離が縮まるかなー」なんて思ってカミングアウトした男の先輩とはギクシャクしてるし。 
しまいには、車で移動してる時に言われた言葉は
「最近は多様性多様性とか言われてるけど、そういうのってわがままだと思うんだよね。上司が女の子の店行く時は一緒に行った方がいいし、そういうのが会社だと思う」なんて。 
直接的に僕を否定した訳じゃないけど、あからさまだよな。
高速に乗っていたけど、思わずハンドルがぶれてしまったよ。   

中途半端に学歴が良いから、周囲からの期待値だけは高い。けど僕が得意なのはテストのお勉強であって、グイグイ新規顧客をとるとか、顧客の納得のいくプレゼンをするとか、社内の誰とでも仲良くできるとか、そういうの、本当に苦手なんだよな。正直人間関係とか、自分が友達に囲まれる人だと思ってた。  
けどそれって、自分と気があう人達を周りに置いてただけなんだよな。 
しかもその友達も、一緒に仕事をするとなったら話は別。なぜなら彼らはきっと優秀だから。僕が足手まといになってしまう。 
会社でみんなと仲良の良くできる人は、大抵の場合、「仕事ができる人」であることを最近知った。 

 
今日は支店での飲み会だ。 
 
お酒ってなんでこんなに人を感傷的にさせるんだよう。
酒の席で特段嫌なことがあった訳じゃない。  
けど帰り道、色んな気持ちがせりだして、胸がすごくざわざわする。
 
そしてなんか、急に母親に連絡取りたくなって。 
けど電話だと声にならなくなりそうで、LINEを送った。
飲み会多いーとか、会社しんどいーとかそんな感じの内容やったと思う。  
 
既読はすぐについた。   
 
ちょっと落ち込んでる時に、母が投げかける言葉はいつも決まっている。 
「あんたはお母さんの自慢の息子やけんねぇ」 
だって。
  
お母さんの言う、「自慢の息子」って何?  
 
親から何かを期待されてきた事はなかったが、
「人のことをちゃんと考えられる人になってね」 
とはいつも言われていた。

でもお母さん、社会に出ると、人のこと考える余裕なんて無くなるんだ。日々の仕事で手一杯。 
そればかりかむしろ、人のこと考えずに、自分のことだけ考えてる人の方が上手く立ち回れてる気がするんよ。 
無駄に相手に思いを馳せて行動しても、逆に相手を傷つけたり、怒らせたりすることの方が多くて。
だったら、人の気持ちを想像することに、何の意味があるの?   

社会人になって集中すべきは論理性と合理性を兼ね備えること。そして自分の立ち位置を死守すること。

一見優しい人も、それは本心の優しさなのだろうか。自分のポイント稼ぎじゃないの?強く当たれば、今の時代パワハラになるし。    

むしろ「あの人仕事もできて優しいよね」って人が僕は怖い。
だったら、仕事も人間関係も不器用で、みんなからバカにされてるくらいの人の方が僕は信頼できる。
  
でもさ、そんなこと言ってる自分自身はどうなの?人への優しさは全部自分の善意から? 打算的に動いている自分がいることくらい、自分が一番わかってる。 

結局自分だって同じじゃん。 
被害者面してるけど、結局はさっき言った「あいつら」と同じじゃん。 
 
けどさ、そんな僕に、お母さんはいつでも、「あんたは自慢の息子」だっていうよね。 

同期なんて、みんな戦隊ヒーローの赤レンジャーみたいな奴らばっかりで、本当に自慢できるような息子じゃないけれど、お母さんの言葉は不思議と嘘が無いように感じる。
きっとお母さんにとっては、本当に自慢の息子なんだろうな。 
 
思い通りにいかない日々を過ごしていく中で、苦しいと思うことの方が多いけれど、 
母から貰ったいつもの言葉が、じんわりと胸に広がって、不思議と満たされて、満たされたら、それがとめどなく溢れ出してしまって、気が付いたら公園のベンチに座ってワンワン泣いていた。 
 
「俺ってほんとに泣き虫だよなぁ。高校の卒業式の後、クラスで一人一人発表するときもワンワン泣いたし笑」
「ほんと、いつかの性格は治るのだろうか。」
恥ずかしい。 
「てか結構な夜中でマンション近いし、近所迷惑なんじゃないかな。」
 
冷静に状況を俯瞰している自分がいる中で、 
でも感情の赴くままに泣きじゃくりたい自分もいた。 
多分今日は後者の自分が優勢だ。  

冬の知らせを感じる10月の夜、泣きじゃくる私の心は、不思議とじんわりと温かい。




 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?