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短編小説『さよなら春。おかえり春。』③

「さ、最近この辺に引っ越してきたばかりなんだよ! だからまだ学校に通ってないから知らないだけで」
はるちゃんは「そうそう」と首が取れそうになるくらい必死にうなずいていたけれど、春輝はその答えでは満足していないようだった。
「夏希も知ってるよね。確かにこの町は外の人から珍しがられるけど、実際にここに引っ越してくる人はいないんだよ。『幻想的で素敵だけど、一年中春なんて住みたいとは思えない』って観光客が言ってたの聞いてたでしょ。もちろん例外もあるかもしれないけれど、仙じいだって引っ越してきた人を見たこと無いって言ってるんだよ」
春輝の言っていることはもっともだった。周囲の風が追い打ちをかけるように強く吹いた。そして春輝は続ける。
「いくつかこの子に質問したけどさ、辻褄が合わないことも多いし、なによりやましいことがある時とか嘘をついてる時みたいに動揺してるじゃないか。妖しいことこのうえないよ。その子とは距離を置いた方が良いと思う」
普段の春輝はここまではっきり言葉にするような子じゃない。その分、本人の真剣さが伝わった。
「ごめん。たしかに今言ったことはでたらめだよ。でも、はるちゃんは私の友だちなんだ。最近仲良くなったばかりな訳じゃないの。もうずっと前から友だちなんだよ」
「俺達だって幼馴染だろ。小さい頃から一緒だったじゃないか。そんな得体のしれない奴と一緒にいるのは辞めろよ! 俺達だってお前のことが心配なんだぞ!!」
陽太が言い切ったその時だった。先ほどから強くなり始めていた風が、いっとう強く吹きつけた。
「やっぱり、私はここにいちゃいけないんだ。私だって帰れるものなら早く帰りたいもの」
今にも泣き出しそうな顔をしたはるちゃんがそう言うと、呼応するように風が更に強く吹き始める。ごうごうと林全体が鳴きだして、ついには立っていられないくらいの強風になった。
「はるちゃん! そんなこと言わないでよ。最近は夏の妖精の声も聞けるようになって喜んでたじゃない! きっと楽しいことを見つけるっていう方法は間違っていないはずだよ!」
「そうだね、夏希ちゃん……。でも、声が聞こえるようになっただけで、帰る方法はわからないんだよ。私、わかってるんだ。夏希ちゃんには私以外の友だちが居て夏希ちゃんのことを必要としてくれてるって! 話を聞いてればわかるよ。君が愛されてるってこと。もちろん話を聞くのは楽しかったし、この世界のことを知れてわくわくした。でもそれ以上に夏希ちゃんの話を聞いてると私も仲間のことを思い出して辛くなるんだ」
「はるちゃん……」
はるちゃんがそんなことを思っていたなんて、私は微塵も知らなかったし考えてもみなかった。
「帰り方もわからない。この町がずっと春しか来ないのも私が居続けるせいなんだよ。いいんだその子たちと一緒に帰りなよ。どうせ夏希ちゃんに会うまで一人だったんだから、この先一人だっていいもの!! 夏希ちゃんを見てると苦しくて苦しくて仕方ないんだ」
正直、はるちゃんみたいにずっと一人で居たことがないから私にはその気持ちを上手く捉えることはできない。けれど、一つだけ確かだと思うことがあった。
「はるちゃん。私は、はるちゃんになったことがないからその気持ちはわからない。だけど今まで一緒に過ごした時間も全部うそだとは思えないよ。『楽しい』って言ってくれて笑ってくれたはるちゃんがうそだとは思えない」
この気落ちが伝わりますように、そう願いながら言葉を紡ぐ。はるちゃんは泣きそうな顔をしたまま、下唇を噛んでいた。なにか葛藤しているようだった。
「でも…………」
それでも尚、なにかを言おうとしたはるちゃんの言葉を遮るように、いきなりそれまで強く吹いていた風がピタッと止んだ。みんなが呆気に取られて辺りを見回す。

 そのときだ。風で鞄から散らばった荷物の中にあった絵本が光だした。その光はどんどん強くなる。そして曇天で太陽が差していなかったのにも関わらず、辺り一面が光で真っ白になり私は目を開けていられなくなった。でもそれはほんの一瞬ですぐに光は治まり始める。そしてだんだん人の形を作りはじめ、最終的にそこから現れたのはなんと夏の妖精だった。
「春。迎えに来たよ」
夏の妖精の言葉にはるちゃんは「信じられない」と言う言葉をこぼすと、その存在を確かめるように抱きついた。
「うそ、ほんとに? ほんとに夏なの?」
「うそじゃない。ほんと、遅くなってごめんね。秋も冬も心配してるよ」
はるちゃんは涙が止まらないようで、夏の妖精の肩に顔をうずめて動かない。夏の妖精は事の経緯を説明してくれた。どうやらはるちゃんが飛ばされた後もいたずら好きの妖精はいたずらを繰り返して、他の妖精たちを困らせていたらしい。それがあってはるちゃんの件に集中して取り組めなかったこと、また仕組みはわからないがはるちゃんの悲しい気持ちがバリアのようになってはるちゃんに干渉できなかったことを教えてくれた。
「春。私が思うにね、春は厳しい冬を乗り越えて迎える芽吹きの季節だろう。そんな春を告げる妖精である君が、悲しい気持ちばかりでいたら春が来たくとも来れないんじゃないかな」
そう夏の妖精が告げると、やっとはるちゃんは顔をあげた。
「急に別れさせて申し訳ないけど、こちらの世界でも春が足りないことで世界が不安定になっているんだ。いたずら好きな妖精を秋と冬が頑張って抑えてくれているし、早く戻って安定させなきゃいけない。お別れを言っおいで」
その言葉に私はきゅっと胸を締め付けられたような感覚に陥る。そんな中、はるちゃんがそっとこちらを振り返った。いろんな気持ちがごちゃまぜになって複雑そう
な顔をしている。
「夏希ちゃん。さっきはごめんね」
律儀なはるちゃんに私は少し笑ってしまった。
「ふふ、いいよ。たぶん、不安だったのはお互い様だよ」
「なんで笑うの! ……私、夏希ちゃんに会えて良かったよ。一緒に過ごせて楽しかった」
「私もはるちゃんと一緒に過ごせて楽しかったよ」
そう言ったらはるちゃんは照れくさそうに笑った。そっとはるちゃんを抱きしめる。さよならを言ったら、もうはるちゃんは振り返ることをしないだろうと感じられて、私は次の言葉を発することができずにいた。
「夏希ちゃん。仲間たちが呼んでるから私そろそろ帰らなきゃ」
そっと肩を押されて、はるちゃんと目が合った。吸い込まれるような綺麗な若草色。春の色。
「私、絶対に夏希ちゃんのこと忘れないよ。はるちゃんって呼んでくれたことも忘れない」
私は泣きそうになりながらも必死に頷いた。はるちゃんとは「楽しいこと」探しをする仲なのだ。きっと泣き顔のままでさよならをしたら後悔するだろう。だから私はとびっきりの笑顔で笑ってみせた。
「バイバイ。はるちゃん!!」

 その後、私たちは大人たちからもの凄く怒られた。どうも私たちには数時間の出来事だったが雑木林の外では三日が経っていたらしく、とても心配をかけたようだ。春輝のお父さんは顔を真っ赤にして怒っていたし、普段温厚で怒ったところを誰も知らないと言われている陽太のお母さんももの凄く怒っていた。反対に桃華のお母さんは無事で良かったと泣きながら私たちのことを抱きしめ続けた。私の両親も怒っていたけれど、桃華のお母さんがあまりにも私たちをきつく抱きしめて離さないものだから、怒りが冷めてしまったのか、最後にはどうしたものかと困り顔で微笑んでいた。
 あれから私たちは生まれて初めて「夏」を体験した。五月蝿いセミの声を聞きながら登校し、照りつける日差しの強さに「暑すぎる」と春輝がしつこく愚痴をこぼしていた。悪いことだけじゃなくて、嬉しいこともたくさん経験した。一番感動したのはアイスだろうか。夏の暑さの中で食べるアイスがあんなに美味しい物だとは想像も出来なかった。それに授業では初めてプールに入った。とにかく私たちにとって初めての夏は、過ごし方も初めてのことばかりだった。それから秋を経験して、今まで一面の桃色しか見たことがなかったのに、今度は一面赤と黄色に覆われているのを見て感動したものだ。秋の食べ物は美味しいものが多くて、ついつい食べ過ぎてしまった。そういえば、町の外では秋になると「ハロウィン」っていうのを祝うらしい。子どもがお菓子を貰えるんだって知って、みんなで来年は絶対にハロウィンをやるって決めたんだ。そして、冬。冬も美味しいものがたくさんあったけど、夏とは真逆の厳しい寒さに「耐えられない」って桃華は雪だるまみたいに洋服を着込んでいたっけ。まぁ、本物の雪だるまを見たのもその冬が初めてだったのだけども。あとは、クリスマスも祝ったことがなかったから来年はみんなでサンタさんに手紙を書くことに決めた。クリスマスは「サンタさん」っておじいさんが良い子にプレゼントをくれるらしい。陽太は手紙に何を書くかすごく悩んでいたっけ。これからの予定がたくさんあって、次の季節が回ってくるのがみんな楽しみで仕方がないみたい。大人も子どもも、みんな浮かれていたからこの半年は毎日がお祭りみたいな雰囲気だった。
「暖かいなぁ」
 あんなに冷たい風が吹いていたけど、近頃は暖かい日差しを感じる日も多い。そっと目を開けると青空と共に木の枝が視界に入ってきた。私は今、中学二年生の八月に大冒険をした桜の木のもとへ来ている。今まで背を預けていた幹から、「よっこいしょ」とつい掛け声を掛けつつ立ち上がる。次にここへ訪れるのはいつになるだろうか。はるちゃんも穏やかに暮らすことができていれば良いなと思いつつ家への帰路を踏み出そうとした時だった。
ごぉぉぉぉ。
 急に突風が吹いて私の髪を舞い上げた。せっかく今日は綺麗にまとめたのにと、ぶつぶつ言いつつ前髪を直す。と、ふと木の枝の先が視界に入った。それがなにか認識して思わず顔が綻ぶ。あぁ、いよいよだ。あれだけうんざりしていた季節はもうすぐそこまで来ていた。はるちゃんとはもう会えないだろう。私は四季の楽しさを知ってしまったのだ、会えてしまっては困る。あの仲良しだった子とこの喜びを分かち合う日は来ない。それは寂しいけど、あの子も仲間の元へ帰れたのだし、残念に思うのはちょっと違うのかも……。そう思いつつ私は今度こそ、一歩を踏み出した。

また、春が来る。

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