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辞めたいのに辞められなかった剣道⑤(無理矢理続けて得た物は)

辞めたいのに辞められなかった剣道を通じて得た物をここに書いていく

全部がマイナス効果を及ぼす物だったと言いたいところだったが、幸か不幸かプラス効果を得ていた事実もあったのだ

幼児の頃から体力・筋力が最底辺レベルで劣っていた自分が人並み以下程度にまで持ち直せたのは恐らくこの剣道のお陰だし

学校の同級生以外での友達・交流の相手を確保出来ていたのは剣道のお陰だったと思っている

同級生よりも1学年下の後輩たちとの方が自分の技量が近い事もあり、後輩と会話する機会も多かった

以前の記事【間違いを途轍もなく恐れている話】にて

(手伝いを)やって貰っておいてキレてくるとかお前の母ちゃんちょっとおかしくね?

https://note.com/witty_ixora418/n/n289a8936015d

と鋭い指摘をしてくれたのも後輩のひとりだったし、後述するが、ある悩みを聞いてくれたのもその人だった

友達の家に遊びに行く事を制限されていた自分にとって、他所の子達と交流する機会になっていたことは言うまでもない程だ

しかし、そういった事実が霞んでしまうくらいに得てしまった失ったものもある


親に対する不信感

真っ先に挙げるとしたらこれしか無い

「辞めたい」と伝えてもその意思を2度も無視し

練習を終えた帰りの車内ではその日の練習の粗探しをされ

酷ければ家に着いても10分以上、酷ければ1時間近く車の中で母からダメ出しを食らったり

試合の日は夕飯時にまでその日の試合内容を根掘り葉掘り聴取された


小学校低学年時代、スポ少のレクリエーションでスキー場に行った時なんかは一気に不信感が積った

売店でソフトクリームを親に買って貰ったのだがいざ食べようとしたところ、突然横から俺のソフトクリームを奪おうと引率の先生が大口を開けて顔を出してきた

それをとっさに避けようとして体を横に捻ったところ

ソフトクリームがボトリと雪上に落ちてしまった

当時低学年だった俺はそのショックで泣いてしまった

泣いてる様子に気付いた母が事情を聞きに来たので起こった事をありのまま話したのだが

「あなたが急に体をひねるから落ちたんでしょ」

と言われ、当事者の先生に抗議するわけでもなく補填のアイスクリームを買い直して貰えたわけでもなく

そのまま帰りのバスに乗る羽目になった

アイスを奪おうとした先生は酒が入っていたらしかったが、正直子供にはそんなの関係なくヘイトを抱えるに値する出来事だった

いくらその後その先生から剣道の事について教えられても素直に聞く気にもなれなかったし

『自分の親は子供が理不尽な目に遭っても助けてくれないのか』
『なにか特殊な条件を満たさない限り守ってくれないのか』
『どんなに悪事を働いた先生が相手だとしても強い態度を取らずに被害者である自分の子供を貶すのは何故なのか』

と言った考えが親に対して生まれた


自分自身への劣等感

8年間剣道をやってきて対外試合に出ても相手に勝ったことは1度しかなかった

1本先取のルールという稀少な状況で試合開始直後に小手を繰り出して勝利するというまぐれ勝ちのようなものだった

身内同士の模擬試合でも同級生相手では女子が相手でも勝率は低く、いつも決まったひとつ下の後輩からしか確実に勝利を取れないような実力しかなかった

この事実だけですでに腹が一杯なのに母親にまで口出しをされる

帰路の車内で、その日の練習中のダメ出しを喰らい

試合の日には帰りの車内では飽き足らず、夕食時にまでその日の試合の内容を事細かに聞き出してダメ出し

そして、同級生たちと比較されては
「本当にアンタはダメだね、弱い」
「後から始めた人に抜かされるなんて恥ずかしい」
「背が低くたって隣町のスポ少の子は相手から面を取って勝ってくるのに」
と言いたい放題罵られた

子供に対して他人と比較して貶すことによる心理的影響は今日でこそ周知の通り、子供の自尊心・自己肯定感を奪う行いだ

間違いなく自信を奪われ続ける事へと繋がっていった

そうやって毎度毎度試合があるごとに母親から文句を言われている事を、前述の鋭い指摘をする後輩に相談したことがあったのだが

「 『だったらお前がやってみろ』 って返したら良いと思う」

と返答を貰った

大人や親に反抗してはいけないと信じ切っていた当時の自分にはハードルが高かったのだが

「ほんとそれな」と今なら半笑いで同意しているところだ

そんなやり取りをして間もなく、スポ少内で身内試合が開催されることとなったのだが

なんとそこで、親子で剣道の対戦をするという企画があった

自分の母親と剣道で試合をする事になり、いざ対面したら

日頃の恨みが滲み出たせいか気合(声)の出し方も技の出し方も力みすぎてしまったようなのだが

先生方から見ると動きのキレも良く攻めの姿勢が完璧だったらしい(冗談だったのか本当だったのか分からないが)

周囲から笑い声混じりのどよめきが聞こえてきたのを覚えている

普段からボロクソに言ってくる割には母の動きは緩慢で構えも甘いように見えたので、隙があるところにひたすら攻撃を加えていた

「そんな甘い構えのヤツ秒で仕留めろ」と野次を飛ばされたので実際甘かったのだろうが、それが出来ていれば普段の試合で苦労などしていない

母親の方はと言えば防戦一方で凌いでいた

母親の剣道経験はゼロだった

高校時代には剣道部に入りたかったらしいのだが母の父(母方の祖父)から「女のくせに剣道なんかやるな」と止められていたらしい

今にして思えば、子供に自分の夢を押し付けていたのだと思う

結局、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるのか母から2本を取って勝利した

その日の閉会式にて

母親は先生方から皆の前で【親の面目丸潰れで賞】と言うふざけた賞と粗品を受け取っていた

他の保護者も一部、ふざけた名前の副賞は受け取っていたようだった(防具のサイズが合わなかったで賞 など)

その試合の後から、母親は練習や試合のダメ出しをしなくなったのだが

母が受賞した賞の名前のせいで『自分はとんでもない恥を親にかかせてしまった』と思い自責の念に付き纏われるようになった


自分自身の自由な時間

ただでさえ小学校時代は宿題とピアノで祖母に付きまとわれていたのに

そこから平日1日の夜に2時間、土曜日の夜2時間半、日曜午前3時間もの時間を剣道の練習で過ごすことになっていた
(平日の具体的な曜日は伏せさせていただく)

試合が近付くと平日にさらに1日2時間ほど追加された

これだけの時間があれば他にやりたいことをやる時間も、新しく何かやりたいことを見つける時間にも繋がっただろうにという思いがある

だが同時に、剣道のお陰であの祖母から強制される宿題とピアノから離れられていたのではないかという説も浮上するのが本当にクソである

スポーツ以外の分野、特に自宅での練習も重要になってくるものであれば口を出してくるのではないかという懸念もあるし

興味を持った分野が祖母や親から気に入られなければそもそも手の出しようがない

あの頃の自分の家庭環境では自分が興味を持ったものに手を出したとして、その芽を摘まれる可能性がいくらでもあったことを考えると

剣道をやっていた事実が救いでもあり破滅の引き金にもなっていたのではないか、そんな気すらしてしまう

だがそれでも、子供の頃にしか味わえない“自分が満足して過ごせる時間”というものが、成人してからの人格にまで与える影響を考えれば

剣道に奪われた時間があまりにも大きなものだったように思えて仕方がない


こうして、少しの恩恵と長い苦しみと深い傷を受けてきたわけだが

その原点に立っていた面倒見の良かった憧れの先輩に対して恨みを抱えた時期もあった

彼は自分が剣道を始めたきっかけであり、自分を剣道に誘った人物でもある

中学2年の、辞める決意をした頃『あの人が居なければ自分はこんな苦労をすることもなかったのに』と、考えてしまったこともあった

もちろん、彼も悪気があって誘ったわけでもないだろう

筋違いとまではいかなくても彼を責めるよりも、辞められない土壌を築き上げていった家庭環境の方を問題視すべきだったのだが

当時は『家族を悪者にしてはいけない』という思いに囚われ、外部の者と、自分とを責めようとしていた

よって、当時は

言葉で親を動かせないくらいに弱い(≒認められていない)自分自身

剣道を始めるきっかけを作った5年上の先輩

「辞めたら殴る」と脅して来た連盟重役の親戚

を責めていた。1番最後のは今でも恨んでるが

新しいものへ挑戦することに対する躊躇いは人一倍強く感じている

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